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2026年5月 【解説】ナノセルロース吸入毒性をめぐる知見:臨床症例と繊維残留性の視点から

(2026年5月20日)

セルロースおよびナノセルロースは、一般に生体適合性が高く、比較的安全な材料として広く認識されています。食品、医薬、化粧品、機能材料など多様な用途で利用されており、化学的にも安定で毒性が低い材料と考えられてきました。

一方で、吸入毒性の観点では、影響は化学組成だけでなく、繊維径、繊維長、凝集状態、剛直性、肺内残留性(biopersistence)などの物理特性に強く依存することが知られています。近年では、ナノセルロースについても吸入曝露時の炎症反応や残留挙動に関する研究が蓄積されつつあります。

本稿では、綿・セルロース繊維吸入による肺病変を報告したKobayashiらの臨床症例を起点に、綿粉じん肺(byssinosis)との違い、さらに近年のナノセルロース吸入毒性研究とのつながりを、実務的観点から整理します。

なお、本稿は、ナノセルロースや特定材料のリスクを強調するものではなく、既存知見に基づき吸入影響の理解を整理することを目的としています。このため、個別材料の安全性評価や規制判断を直接示すものではありません。

1. 位置づけ

本稿の要点は、セルロース系材料であっても、肺内に比較的長期残留し得る繊維形態や凝集状態をとる場合には、慢性的な異物反応を生じ得る可能性があるという点にあります。

これらの知見は、「セルロース=本質的に安全」という単純な図式ではなく、セルロース系材料であっても、繊維状形態・残留性・凝集状態によっては慢性的な異物反応を生じ得る可能性を示唆するものです。

ただし、現時点で報告されているヒト症例は極めて限定的であり、ナノセルロースの吸入毒性研究でも、多くは軽度〜中等度炎症レベルに留まっています(Fujita & Moriyama, 2025)。一方、近年の発じん性研究では、乾燥ナノセルロース粉体から発生するエアロゾルは、孤立繊維ではなく、主として凝集・凝塊粒子として存在することも報告されています(Ogura and Kotake, 2025)。これは、実作業環境における曝露形態が、材料そのものの一次構造とは必ずしも一致しない可能性を示しています。また、現時点では、ナノセルロースについて、動物試験において中皮腫の発生や関連する炎症応答を示す明確なエビデンスは報告されていません(Horie et al., 2025)。

重要なのは、「化学組成」だけでなく、「繊維としての物理特性」と「肺内残留性」を統合的に評価する視点です。特に、長繊維化、凝集状態、肺クリアランス特性は、今後の吸入安全性評価における重要な論点と考えられます。

1)Kobayashiらの症例は「典型的byssinosis」とは異なる

Kobayashi et al. (2004)は、約50年間にわたり綿繊維へ職業曝露した66歳男性において、セルロース繊維の肺内残留と異物反応を示唆する病変を報告しています。

本症例では、

  • 胸部CTで細気管支周囲を主体とするびまん性間質性肥厚
  • 肺生検で肉芽腫形成および線維化
  • 赤外分光分析による天然セルロースの同定

が確認されました。

特に重要なのは、典型的なbyssinosisのような可逆性気道閉塞ではなく、「繊維残留に伴う異物反応」という病態像を示した点です。

また、主として中枢気道の閉塞性障害を反映する指標であるFEV₁の顕著な低下は認められなかった一方、小気道機能低下が示唆されており、病変の主座が末梢気道領域に存在していた可能性があります。ただし、本知見は単一症例報告であり、一般化には慎重な解釈が必要です。

2)byssinosisは主として気道中心の有機粉じん炎症であり、エンドトキシンの関与が重要と考えられている

byssinosisは、綿などの植物繊維粉じんへの慢性曝露によって生じる職業性呼吸器疾患であり、主としてエンドトキシンに関連した可逆性気道炎症として理解されています。週初めに胸部圧迫感や呼吸困難が悪化する “Monday chest tightness(週初め胸部圧迫感)” が古典的特徴として知られています。

病態の中心は、

  • 気道収縮
  • 閉塞性換気障害
  • 慢性気道炎症

であり、近年では喘息様反応からCOPD(慢性閉塞性肺疾患)様変化までを含む連続体として整理されています。COPDは、主に喫煙や粉じん曝露などにより生じる持続的かつ進行性の気流制限を特徴とする疾患であり、一部は不可逆的な閉塞性障害へと進展します。byssinosisでは、病理学的には気道中心の炎症が主体であり、肉芽腫形成や顕著な間質線維化は典型的所見ではありません(Lai and Christiani, 2013)。

Christiani et al. (2001)の15年間追跡研究では、綿工場労働者においてFEV₁およびFVC(肺の換気容量を反映する指標)の経年的低下が認められており、慢性的閉塞性障害への進行も報告されています。

一方、Kobayashi症例では、

  • 肉芽腫形成
  • 間質線維化
  • 繊維残留

が主体であり、典型的なbyssinosisとは異なる病態表現型として位置づけられます。

3)繊維曝露による肺障害は「気道炎症」だけではない

Lougheed et al. (1995)は、繊維工場労働者において、

  • DIP様変化
  • びまん性肺胞障害(DAD)
  • 間質性肺炎像

を報告しています。

ここでいうDIP様変化とは、肺胞内へのマクロファージ集積を主体とする反応性肺障害です。これらの症例では、単純な可逆性気道閉塞ではなく、肺胞・間質領域の炎症が主体でした。これらの症例では複合曝露の寄与が示唆されており、セルロース単独影響を直接示すものではありません。しかし、植物性繊維関連曝露による肺病変がbyssinosisだけに限定されない可能性を示す点で参考となります。

以上を踏まえると、セルロース繊維曝露による肺障害は、byssinosisに代表される気道中心の閉塞性障害に加え、複合曝露による間質性病変、さらには繊維そのものの肺内残留に関連する異物反応まで、多様な病態スペクトラムとして整理されます(表1)。

表1セルロース繊維曝露による肺障害の病態スペクトラム(気道炎症から間質・異物反応まで)

観点Kobayashi(2004) (繊維残留型モデル)Lougheed et al.(1995) (複合曝露モデル)Lai / Christiani(2013) (概念モデル)Christiani et al.(2001) (疫学モデル)
分類非byssinosis(繊維残留)非byssinosis(複合要因)byssinosisbyssinosis
位置づけ単一症例報告症例集積(職業性間質性肺疾患)総説(概念整理)長期疫学研究
主病態間質+末梢気道病変間質性肺炎・肺胞障害閉塞性障害(喘息〜COPD)閉塞性障害の進行
主座末梢気道(細気管支周囲)肺胞・間質中枢気道中枢気道
機序繊維残留+異物反応複合曝露(例:マイコトキシン)エンドトキシン炎症同左
病理肉芽腫・線維化DIP様変化、びまん性肺胞障害(DAD)気道炎症同左
可逆性不明(慢性変化を示唆)一部可逆(曝露回避で改善例あり)可逆〜一部不可逆不可逆進行あり

4)ナノセルロース研究とのつながり

近年のナノセルロース吸入毒性研究では、

  • 軽度〜中等度の炎症
  • マクロファージ集積
  • 条件によっては肉芽腫様変化
  • 緩徐な肺クリアランス

などが報告されています。

特に重要なのは、毒性強度そのものよりも、

  • 繊維径
  • 繊維長
  • 凝集状態
  • 分散性
  • 残留性

といった物理特性が、生体応答を大きく左右する点です。また、一部の研究では、急性炎症が比較的軽微であっても、比較的緩徐なクリアランスや持続反応の可能性が示唆されています。

一部の動物試験では、限局性の肉芽腫形成や異物反応も観察されています(Fujita K, et al., 2025a)。これらの知見は、「肺内残留と持続反応」という概念レベルでは、Kobayashi症例と共通する側面を有しています。

ただし、Kobayashi症例で認められたような、長期繊維残留に伴う慢性異物反応性病変や線維化性肺病変を、ナノセルロースでヒトにおいて確認したエビデンスは現時点では存在していません。また、病理学的表現型、曝露期間、曝露量、ならびに材料特性はいずれも大きく異なるため、両者を直接比較する際には慎重な解釈が必要です。

5)重要なのは「化学組成」だけではなく「形態と残留性」

繊維毒性学では、繊維径・繊維長・剛直性・残留性が、生体影響を規定する主要因と考えられています。

ナノセルロースにおいても、

  • 長繊維化
  • 凝集・束化
  • 分散不良
  • 肺内残留

などが、炎症持続や異物反応に関与する可能性があります。

したがって、安全性評価では、

  • mg/m³などの質量濃度
  • 粒子径分布(空気力学径)および繊維径・繊維長分布
  • 繊維数濃度
  • 凝集状態
  • 肺内残留性

を統合的に把握することが重要です。

2. 現場(作業環境)への示唆

「低毒性材料」であっても吸入設計は重要

セルロース系材料は一般に低毒性と考えられていますが、吸入曝露では「繊維としての振る舞い」を考慮する必要があります。

特に、

  • 微細長繊維の発生
  • 凝集・再凝集
  • 乾燥工程
  • 粉体化工程
  • 高エネルギー破砕

などでは、吸入性繊維画分の管理が重要となります。要するに、セルロース系材料の吸入安全性では、「粉じん管理」だけでなく、「繊維としての曝露管理」が重要となります。

評価の焦点は「肺内残留し得る繊維画分」

繊維毒性の観点では、単純な質量濃度だけでは不十分です。繊維径、繊維長、凝集状態、分散性、クリアランス特性を含めた評価が、今後さらに重要になると考えられます。

3. 今後の課題

現時点では、

  • ヒト長期曝露データ
  • 吸入曝露試験
  • 肺内動態解析
  • 繊維数評価法
  • 実作業環境での曝露評価

などは十分に蓄積されていません。今後は、動物実験とヒト曝露知見を橋渡しする研究の蓄積が重要と考えられます。

4. 総括

本稿で整理した知見から、「有機粉じんであっても、曝露形態や繊維残留性によっては、肺内残留に関連した慢性的異物反応や線維化病態を生じ得るのではないか」という問題提起が自然に導かれます。ただし、現時点ではこの考え方は仮説的段階に留まっており、主として病態学的示唆および繊維毒性学(fiber toxicology)の観点から検討されるべき論点として位置づけるのが適切です。

このような観点から見ると、Kobayashiらの症例は、セルロース曝露による肺影響を、従来のbyssinosisだけでは十分に説明できない可能性を示した重要な報告です。さらに、近年のナノセルロース研究は、セルロース系繊維の吸入影響が、化学組成だけではなく、「繊維形態」「凝集状態」「肺内残留性」といった物理的要因に強く依存することを示しています(Fujita K, et al., 2025b; 藤田克英, 2025)。現時点で強い毒性や発がん性を直接示すエビデンスは限定的ですが、繊維材料としての特性を踏まえた安全設計と曝露管理は、今後さらに高まると考えられます。

現在、セルロース粉じんを扱う作業環境では、一般的な粉じん管理や曝露低減対策が実施されていますが、これらは主として質量濃度を基盤とした管理体系です。そのため、繊維長、凝集状態、肺内残留性といった繊維毒性学的観点については、材料特性に応じた追加的検討が今後の課題となる可能性があります。

(文責:藤田克英)

本稿は、公開文献に基づき、ナノセルロース吸入毒性に関する知見を整理したものです。特定の疾患概念、規制判断、危険性分類を示すものではありません。また、本稿の内容は執筆者個人の見解に基づくものであり、執筆者が所属または関係するいかなる組織の公式見解を示すものではありません。

引用文献

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Fujita K, Moriyama A. Inhalation toxicity of cellulose nanofibrils: a review of key findings and future directions. Carbohydr Polym Technol Appl. 2025;11:100913.

Fujita K, et al. Pulmonary inflammation and immune responses induced by nanocellulose: insights from in vivo and in vitro models. Curr Res Toxicol. 2025a;9:100259.

Fujita K, et al. Pulmonary inflammatory responses and retention dynamics of cellulose nanofibrils. Toxicology. 2025b;511:154038.

Horie M, et al. Evaluation of inflammatory and mesothelioma-related responses in mice following the intraperitoneal administration of cellulose nanofibers. NanoImpact. 2025;38:100561.

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Lougheed MD, et al. Desquamative interstitial pneumonitis and diffuse alveolar damage in textile workers: potential role of mycotoxins. Chest. 1995;108(5):1196–1200.

Ogura I, Kotake M. Dustiness and aerosol characteristics of nanocellulose powders: implications for workplace exposure and safety management. NanoImpact. 2025;38:100610.

藤田克英. 機能紙産業におけるセルロースナノファイバーのリスクと可能性―安全設計と持続可能な利用に向けた評価と課題―. 機能紙研究会誌. 2025;64:23–30.