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2026年7月【論文】CNT評価における形態情報と生物学的知見の統合

(2026年7月22日)

カーボンナノチューブ(CNT)の規制評価に関するレビュー論文Scientific considerations on the REACH RMOA for carbon nanotubes: Toward a tiered evaluation framework が公表されました。

本論文では、ドイツ連邦労働安全衛生研究所(BAuA)が公表した Risk Management Option Analysis(RMOA)における繊維状物質の評価アプローチについて、規制毒性学の観点から整理・考察しています。

本論文の特徴は、RMOAの予防的な考え方を否定するのではなく、その意義を認めた上で、CNTの生物学的多様性をより適切に反映するためのTiered Evaluation Frameworkを提案している点にあります。

以下では、その要点を整理してご紹介します。

背景:現在の規制上の議論

EUでは、一部の多層CNT(MWCNT)がCLP規則(EUの化学物質の分類・表示・包装に関する規則)に基づき発がん性区分Carc. 1B(ヒトに対する発がん性が推定される物質)に分類されています。この分類は、IARC(国際がん研究機関)によるMWCNT-7の発がん性評価を含む国際的な科学的知見を重要な背景としつつ、利用可能な動物実験の結果や繊維毒性学の考え方などを総合的に評価した上で導入されたものであり、その対象範囲は一定の長さ、直径、アスペクト比などの形態学的条件(寸法基準)によって定義されています。

さらに、ドイツ連邦労働安全衛生研究所(BAuA)が実施したリスク管理オプション分析(RMOA:Risk Management Option Analysis)では、CNTを含む繊維状物質について、

  • 繊維形態
  • 吸入可能性(respirability)
  • 生体内残留性(persistence)
  • 曝露可能性(exposure potential)

などを考慮した予防的な段階的アプローチが提案されています。

この考え方は、生物学的データが十分に蓄積されていない多数の材料について規制上の判断を行うための、実務的かつ合理的な枠組みとして位置付けられています。

本論文の基本的な立場

現行の規制で用いられている形態学的スクリーニングの有用性そのものは否定されていません。むしろ、生物学的データが十分ではない材料を含めて予防的に評価するための重要な入口として位置づけられています。

その一方で、多くのin vivo研究の知見から、形態が類似していても肺内滞留性、クリアランス、生分解性、炎症反応などの生体内挙動は大きく異なる可能性が示されています。

つまり、形態情報のみではCNT間の生物学的異質性を十分に評価できない場合があることが、本論文で取り上げられている重要な論点です。

なぜ生物学的情報を考慮する必要があるのか

近年の研究では、CNTによって

  • 肺内滞留性(retention)
  • クリアランス(clearance)
  • 生分解性(biodegradation)
  • マクロファージとの相互作用
  • 持続炎症(persistent inflammation)

などに違いが認められています。

同程度の長さや直径を有するCNTであっても、速やかに除去されるものもあれば長期間肺内に残留するものもあり、炎症反応も一過性の場合から慢性化する場合までさまざまです。

こうした知見は、形態・寸法情報のみではCNT間の生物学的差異を十分に把握できない可能性を示しています。

提案されているTiered Evaluation Framework

CNTの評価を、形態・寸法情報による初期スクリーニングから、生物学的証拠を踏まえたハザード特性評価、さらに規制上の意思決定へと段階的に進める枠組み(Tiered Evaluation Framework)が提案されています。

Tier 1:ハザードの特定(初期スクリーニング)

まず、長さ、直径、アスペクト比、繊維形態などの情報に基づき、規制上の評価が必要となるCNTを抽出します。

この段階は、生物学的情報が十分でない材料も含めて予防的に評価対象を選定するための重要な入口と位置付けられています。

Tier 2:ハザードの特性評価(weight-of-evidence:WoE)

次に、利用可能な生物学的証拠を統合し、CNTのハザード特性をより詳細に評価します。

主な評価項目として、

  • 肺内滞留性
  • クリアランス
  • 生分解・構造変化
  • 持続炎症
  • マクロファージとの相互作用

などが挙げられています。

評価にあたっては、

  • in vivo試験(動物試験)
  • in vitro試験(培養細胞などを用いた試験)
  • IATA(Integrated Approaches to Testing and Assessment)
  • NAMs(New Approach Methodologies:新たな試験・評価手法)

など複数の情報をweight-of-evidenceに基づいて統合し、CNT間の生物学的差異を評価するとともに、形態・寸法情報だけでは捉えきれないハザード特性をより適切に評価することを目的としています。

Tier 3:規制上の意思決定

最後に、Tier 1およびTier 2で得られた科学的評価を踏まえ、用途、曝露可能性、リスク管理などを考慮して規制上の意思決定を行います。

本論文では、科学的なハザード評価と規制上の意思決定を明確に区別する点を重要な特徴としています。以上のTier 1~Tier 3の考え方をまとめた評価フレームワークの概念を図1に示します。

図1. CNTの段階的評価フレームワーク(Tiered Evaluation Framework)形態・寸法情報による予防的スクリーニングを出発点とし、利用可能な生物学的証拠をweight-of-evidenceに基づいて統合することでハザード特性をより適切に評価し、その結果を踏まえて規制上の意思決定を行うという、本論文で提案する評価の基本概念を示す。

本論文で扱っていないこと

一方で、本論文は、

  • BAuA RMOAで採用されている具体的な寸法基準
  • 閾値そのものの妥当性
  • 数値基準の変更

などを目的としたものではありません。

論文の焦点は、形態によるスクリーニングをTier 1として受け入れた上で、その後のハザード評価を利用可能な生物学的証拠によってどのように精緻化できるかという点に置かれています。

実務的な示唆

本論文の提案は、「形態評価か生物学的評価か」という二者択一ではありません。

形態・寸法情報による予防的スクリーニングを出発点とし、その後に利用可能な生物学的証拠を統合してハザード特性を評価し、その結果を規制上の意思決定へ反映するという段階的アプローチを示しています。

この考え方は、科学的妥当性と規制上の実用性の両立を目指す評価の方向性を示しています。

おわりに

CNTは形態、構造、表面特性などが極めて多様であり、単一の指標のみでハザードを評価することには限界があります。一方で、規制の現場では、生物学的データが十分でない材料についても判断が求められるため、形態・寸法情報による予防的スクリーニングは今後も重要な役割を担うと考えられます。

本論文は、両者を対立的に捉えるのではなく、形態学的情報と利用可能な生物学的証拠を段階的に統合する評価の方向性を示しました。このアプローチは、CNTのような異質性の高い先端材料の科学的評価と規制判断の透明性向上に貢献することが期待されます。

用語解説

■ REACH(Registration, Evaluation, Authorisation and Restriction of Chemicals)

EUにおける包括的な化学物質規制を定めた規則です。化学物質の登録(Registration)、評価(Evaluation)、認可(Authorisation)、および制限(Restriction)を通じて、人の健康と環境の保護を目的としています。

■ CLP規則(Classification, Labelling and Packaging Regulation)

EUにおける化学物質の分類・表示・包装に関する規則です。化学物質の有害性(ハザード)の分類、表示および包装方法を定めており、EU域内で統一的に適用されています。CLH(統一分類・表示)は、このCLP規則に基づいて運用される制度の一つです。

■ CLH(Harmonised Classification and Labelling:統一分類・表示)

CLP規則に基づき、EU加盟国全体で共通に適用されるハザード分類・表示の制度です。加盟国またはECHA(欧州化学品庁)からの提案に基づき、ECHAのRisk Assessment Committee(RAC)が科学的評価を行い、その結果を踏まえて欧州委員会が採択します。採択された分類はCLP規則のAnnex VIに収載され、EU全域で統一的に適用されます。

■ Carc. 1B

CLP規則に基づく発がん性分類区分の一つであり、「ヒトに対する発がん性が推定される物質」を示します。主として動物実験などから得られた十分な科学的証拠に基づいて分類される区分です。

■ IARC(International Agency for Research on Cancer:国際がん研究機関)

WHO(世界保健機関)の専門機関であり、化学物質、作業環境要因、生活習慣要因などの発がん性について科学的証拠を評価・分類しています。IARCは科学的なハザード評価を行う機関であり、法的な規制や分類を決定する機関ではありません。

■ BAuA RMOA(Risk Management Option Analysis:リスク管理オプション分析)

ドイツ連邦労働安全衛生研究所(BAuA)が実施した、REACH制度の枠組みの中で実施されるリスク管理オプション分析です。特定の物質群に対して、どのような規制上の管理措置が適切かを検討するための分析であり、ハザード分類そのものではなく、リスク管理の方向性を検討するための評価です。

■ weight-of-evidence(WoE:証拠の総合評価)

単一の試験結果だけではなく、複数の試験、文献、作用機序、in vivo試験、in vitro試験などから得られる利用可能な証拠全体を総合的に評価して結論を導く考え方です。規制毒性学において広く用いられており、本論文では、形態・寸法情報に加え、利用可能な生物学的証拠を統合し、Tier 2におけるハザード特性評価を行う基本的な考え方として位置付けられています。

■ IATA(Integrated Approaches to Testing and Assessment:統合的試験・評価アプローチ)

既存の毒性データ、in vivo試験、in vitro試験、コンピュータ解析(in silico)、文献情報など、多様な情報を組み合わせて総合的に評価する考え方です。OECDでも推進されており、weight-of-evidenceを実践するための代表的な枠組みの一つです。

■ NAMs(New Approach Methodologies:新たな試験・評価手法)

動物実験に依存しない、あるいは動物実験を補完する新しい試験・評価技術の総称です。培養細胞試験、オルガノイド、コンピュータ解析(in silico)、オミクス解析などが含まれます。本論文では、Tier 2において利用可能な生物学的証拠を構成する重要な情報源の一つとして位置付けられています。

書誌情報

論文名

Scientific considerations on the REACH RMOA for carbon nanotubes: Toward a tiered evaluation framework

著者

Katsuhide Fujita, Hitoshi Iwahashi

掲載誌

Regulatory Toxicology and Pharmacology

オンライン公開日

2026年7月13日

DOI

https://doi.org/10.1016/j.yrtph.2026.106180

本論文の詳細は、上記 DOI リンクからご覧いただけます。

本記事は、著者らが公表した論文の内容を一般向けに解説したものです。記事中の説明や解釈には執筆者個人の見解を含みますが、執筆者が所属または関係するいかなる組織の公式見解を示すものではありません。

(文責:藤田克英)