<顛末とその経緯>
2011年1月14日に締め切られたISOでの最終案は投票の結果、反対11、賛成10、棄権12で否決された。同様に欧州標準化委員会(CEN)でも否決されたようだ。そのため幻の規格案となってしまったが、今後再び出てくることは確実であるのでメモを残しておく。なお、製品の機能面に限ったナノラベリングはすでに台湾、タイ、イランで導入済である。この欧州発のナノラベリングはこれらとは逆に、工業ナノ材料に対する不安やそれをもとにした知る権利という考え方に基づいている。
もともとCENのTC352で開発されてきた「工業ナノ物体および工業ナノ物体含有製品のラベリングに関する手引き」という規格案が、技術協力協定(ウィーン協定)に基づき、ISOにおいても並行投票が行われた。ISOではTC229のWG4(材料規格)で扱われ、技術仕様書(TS)という位置づけであった。以下は投票にかけられた案の内容を紹介する。
<規格の目的>
この手引きが必要となる背景について、「知る権利」「情報を与えられたうえでの選択」「サプライチェーンのコミュニケーション」「健康や環境への影響の監視」と言った言葉が並ぶ。そして、ナノテクノロジーを利用することは、「製造業者、小売業者、消費者に新たなベネフィット、潜在的なリスク、そして責任を同時に課して」おり、「このような新規な条件に対処するためにはラベリングと仕様が重要なツールとなる」と書かれている。製品仕様によって、ナノスケール特性を持つ材料を「選択あるいは回避」することを可能にし、消費者製品へのラベリングについては、「情報を与えられたうえでの選択(インフォームド・チョイス)」を可能にすると書かれている。手引きの目的については次の4点が挙げられている(ここには消費者は明示的に出てこない)。
a)工業ナノ物体(MNO)とMNOを含む製品(PCMNO)をラベルするための標準化されたアプローチを支援する。
b)製造業者とサプライヤーを含む、MNOやPCMNOを使用するサプライチェーン全体を通したすべての事業者が、選択・購入・流通・取扱・処分において情報を与えられたうえでの意思決定(informed decisions)の目的のためMNOの含有を正確に特定することが可能となることを保証する。
c)ラベリングにおける接頭語「ナノ」の使用を標準化する。
d)ラベリングにおける他の特定の用語の使用についての手引を提供する。
<規格の対象>
スコープについては、MNOだけでなく、MNOを含む「製品(product)」、「調剤(preparations)」、「混合物(mixtures)」が挙げられていた。これはREACH規制を意識した用語だろう。ただ、そうなると、PCMNOは「製品」だけを含むのか、調剤や混合物も含むのかはっきりしない。また、MNOとPCMNOだけでなく、「ナノスケール現象を示す製品」も挙げられている。「科学的なデータが限られていたり利用可能でなかったりするような知識や特性を暗示してはならない」とあるが、これはベネフィット面(性能表示)についての記述なのかもしれない。また、「ラベル」と「ラベリング」は区別され、「ラベル」は製品や包装に付けられたものであり、「ラベリング」は情報そのものだと書かれているが、この区別はちょっと分かりにくい。
規格の適用対象として4項目挙がっている。第3項の、「それら自体が”article”ではない”product”」はすなわち”mixture”(中間製品など)ということだろう。となると、第2項は”article”を指しているのだろう。第4項は「相当な量(significant level)」の解釈が難しそうだ。
a)工業ナノ物体(MNO)
b)MNOを含む製品(PCMNO)。ただし、ナノ物体が結合されていて合理的かつ予見可能な使用または廃棄条件のもとでは放出されない場合を除く。
c)合理的かつ予見可能な使用または廃棄条件のもとでMNOが放出されると考えられる、複雑なシステム(例;自動車、携帯電話、ゲーム機)の構成要素でありそれら自体が成型品(article)ではないPCMNO。
d)その中で相当な量のナノ物体が偶発的に生成され、合理的な根拠に基づき、放出されることと思われるMNOとPCMNO。
ラベリングしたくない場合には、「合理的かつ予見可能な使用または廃棄条件のもとでは放出されない」ことをどのようにして証明するかが1つのポイントとなるだろう。
<ナノ表示>
製品ラベリングに使用する場合として次の2つが挙げられていた。
a)製品がMNOを含んでいる(凝集体を含む)。
b)製品がナノスケール現象を示す。
後者には注として「ナノスケール現象を示す製品については、その効果がどのようにして達成されるかを含む説明があれば、読む人にとって有益になりえる」とある。また、「凝集体を含む」という文言から逆に、MNOは一次粒子を指しているのだろうと推測される。
購入時に消費者が見えるような場所(包装を開けなくても見えるところ)に表示すべきとして次の3パターンが挙げられていた。
a)工業ナノ物体(MNO)の容器
b)MNOを含有する製品(あるいはその包装)
c)ナノスケール現象を利用した製品(あるいはその包装)
可能な場合には製品自体に永久に貼付されるラベルに、無理なら消費者が当該製品を保管する際に使う包装に貼付することを求めている。
a)生産者の名前、住所、連絡先、あるいは製品を国内に導入したサプライヤー。ウェブサイトやEメールアドレスを含む。
b)品名、モデル/バージョン、(適切なら)生産バッチ、シリアル番号や製造日、品質検査チェックといった識別データ。
ネガティブラベリング(「本製品は工業ナノ物体を含んでいません」など)についても言及されている。この場合、「不公正商慣行に関する指令」に適合するなど、正確で検証可能であることが求められている。
最後に、ラベリングの文言についても書かれており正確に引用する。最低限の情報と追加オプションからなる。このあとにいくつか例示されていた。続きにはさらにその他の情報として8点「適切ならば考慮すべき」として挙げられている。CA番号というのは、CAS番号のことだと思われる。
化学物質のナノスケール形態が利用されるなら、最低限の記述は、物質名の前後の「ナノスケール」あるいは「ナノ」からなるべきである。
これに加えて、ラベル文言は以下の文言を追加してもよい。
a)CA番号
b)サイズ幅
c)比表面積
d)アスペクト比
e)量