確率論と決定論【月刊災害情報アーカイブス】by 小川輝繁

※このコラムは特定非営利活動法人災害情報センターの会誌「月刊災害情報」に掲載されたコラムを再掲したものです(コラム内の情報は掲載当時のものです)。

月刊災害情報アーカイブス
確率論と決定論
小川輝繁

投稿日:2018年10月29日 17時00分

※月刊災害情報 2012.2 Vol.24,No.11 から転載(一部修正)※

 2011年は大震災や洪水等の大災害が発生して、安心・安全に関する議論が活発に展開されている。安全工学の分野では、確率論と決定論が意思決定に関するテーマとして取り上げられているが、昨年の大震災は改めて意思決定における確率論と決定論の問題の重要性を提起した。

 2011年の大震災直後は[想定外]という言葉が話題をさらった。「想定外」は、自分たちが想定できる事象や結果に基づいた対策を十分行っていたが、想定外の事象が起こったので重大な事態となったという説明に使われる。原子力安全の分野では、当初から確率論の考え方が取り入れられてきた。安全分野では、事故や災害の発生確率や被害規模の推定などに確率論が利用される。

 すなわち、事故や災害につながる不具合事象を想定し、その発生頻度を算定して事故や災害の発生確率を、あるいは被害規模と発生確率を推定する。しかし、想定する不具合事象の網羅性のレベルや発生頻度推定の信頼度によって確率論による安全性評価の信頼性は大きく変わる。そのため、不具合事象に網羅性のレベルアップや発生頻度推定の信頼度の向上が確率論を使って行うリスク評価の課題であると指摘されている。

 また、プロセス設計を行う場合や安全対策の評価を行う場合には許容するリスクレベルを設定するが、ここで決定論が持ち込まれる。すなわち、設計で設定したリスクレベルを超える被害が発生する事象はないという前提で、プロセス設計やハード面、ソフト面の安全対策が安全を担保しているかどうかの判断がなされる。「想定外」という言葉は、本来全く想定できなかったという意味だと思うが、許容リスクレベルを超える被害が発生した時にも使われている。

 最近では、安全を確保するために、危険性が懸念されるシステムやプロセスではほとんどリスクアセスメントが実施されている。リスクアセスメントでは、確率論の考え方が取り入れられているが、結論の利用では決定論に変わり、その後の対応は決定論的対応が支配して、事故の発生や事故・災害の被害の拡大を招くことがある。リスクアセスメントは不確定要素が多く、十分な情報がない中でも結論を出さなければならないので、常に新しい情報やデータの取得を心掛け、アセスメントの結果の見直しを行って信頼性を高めていく必要がある。

 アセスメントの結果だけが独り歩きすると、正しい判断や対処ができなくなるので、アセスメントの前提や根拠等の詳細な情報を関係者が共有するとともに、責任者や担当者が変わった時も正しく伝達される仕組みを構築する必要がある。

小川 輝繁 / Terushige OGAWA

横浜国立大学 名誉教授
公益財団法人 総合安全工学研究所 専務理事
公益社団法人 全国火薬類保安協会 副会長
特定非営利活動法人 災害情報センター 副理事長
特定非営利活動法人 保安力向上センター 副会長

横浜国立大学において発破、発破による環境問題、含水爆薬の力学特性、煙火組成物の発火危険性と威力評価、硝安およびANFO の感度と爆発特性などの研究に従事し、人材育成にも力を入れ数多くの修士や博士を輩出した。また大学での研究成果の社会への還元を重視し、民間企業との共同研究も多数実施。経済産業省、内閣府をはじめ多くの行政の審議会、委員会に参画した他、多数の学会の要職を務めて学術の振興にも貢献。火薬保安活動に貢献し、経済産業大臣表彰を受賞した。現在は、総合安全工学研究所の専務理事としての活動を中心に、災害情報センター、保安力向上センターの安全工学グループの各組織の要職を務める。