最近の化学工場の事故について思うこと【月刊災害情報アーカイブス】by 小川輝繁

※このコラムは特定非営利活動法人災害情報センターの会誌「月刊災害情報」に掲載されたコラムを再掲したものです(コラム内の情報は掲載当時のものです)。

月刊災害情報アーカイブス
最近の化学工場の事故について思うこと
小川輝繁

投稿日:2019年1月24日 10時00分

※月刊災害情報 2012.7 Vol.25,No.4 から転載(一部修正)※

このところ、世間を騒がす産業事故が続いている。化学工場でも大きな事故が発生している。この中には大手の化学会社も含まれている。

大きな事故を起こすと、経営基盤を揺るがすような多大な損害が発生するため、危険な物質やプロセスを扱う化学会社では、会社の方針の中に環境安全を謳っており、特に大手の企業の経営トップは環境安全の重要性を強く意識しているように思える。また、保安管理活動の体系を組織し、安全衛生マネジメントシステムの導入やリスクアセスメントの実施、現場の安全活動の徹底など、数十年前と比べると比較にならないほど組織的な安全活動を展開している。それにもかかわらず、大きな事故が起こっているのでその背景要因について事故例から考えてみたい。

2012年頃の主な化学工場の爆発事故事例(編集注)
リレーショナル化学災害データベース(RISCAD)にて検索

化学プラントのアクリル酸製造施設で爆発 – RISCAD(2012年9月29日)
化学工場のレゾルシンプラントが爆発 – RISCAD(2012年4月22日)
塩化ビニルモノマ製造施設の塩酸塔還流槽で漏えい,爆発,火災 – RISCAD(2011年11月13日)

事故の背景要因の一つとして、現場の安全管理能力の低下が挙げられる。ハード面の事故防止対策が向上すると、現場の従業員は事故やトラブルの経験が少なくなり、危険性に関する感性が磨かれなくなるというジレンマがある。また、現場従業員の世代交代に伴い、プラントの立ち上げ当時のトラブルやその後の運転、メンテナンス等で事故や多様なトラブルを経験して危険性への感性に富んだ人材がいなくなることによって現場のリスクが高くなることが懸念されている。また、プラントの運転システムの高度化やISO、マネジメントシステムなどの欧米の管理システムが導入されたことにより、現場の課長クラスの業務が多様化して業務の幅が広がり、現場の細かいところまでの目配りが欠けてきたとの懸念も指摘されている。その他、当初は危険性の認識が高くても、長期間トラブルも少なく、順調に運転していると、危険性の認識が風化することによって、異常時の対応や危機管理が悪く、大きな事故につながっているケースも見受けられる。

これらの問題に対する対策としては、教育訓練を通じての人材育成が重要であるが、工場幹部だけではなく、課長、技術スタッフ、係長、職長、運転員、保全担当スタッフなどの各職の立場で、安全管理や危険に関する感性を高めることを、受け身ではなく、能動的に行っていく風土を築いていく必要がある。また、現場の安全管理能力が高くても、判断ミスやミスオペレーションなどのヒューマンエラーをゼロにすることはできないので、大事故を防ぐためのフェールセーフシステムが十分であるかを確認しておく必要がある。これには、設計時、運転初期あるいは変更時のリスクアセスメントが重要であり、これにより抽出されたリスクとリスク発現防止対策などのリスク対応について、しっかり伝承される仕組みのその仕組みが機能していることのチェックが必要である。これらのことが欠落していることが、事故の背景になっていることが多い。

小川 輝繁 / Terushige OGAWA

横浜国立大学 名誉教授
公益財団法人 総合安全工学研究所 専務理事
公益社団法人 全国火薬類保安協会 副会長
特定非営利活動法人 災害情報センター 副理事長
特定非営利活動法人 保安力向上センター 副会長

横浜国立大学において発破、発破による環境問題、含水爆薬の力学特性、煙火組成物の発火危険性と威力評価、硝安およびANFO の感度と爆発特性などの研究に従事し、人材育成にも力を入れ数多くの修士や博士を輩出した。また大学での研究成果の社会への還元を重視し、民間企業との共同研究も多数実施。経済産業省、内閣府をはじめ多くの行政の審議会、委員会に参画した他、多数の学会の要職を務めて学術の振興にも貢献。火薬保安活動に貢献し、経済産業大臣表彰を受賞した。現在は、総合安全工学研究所の専務理事としての活動を中心に、災害情報センター、保安力向上センターの安全工学グループの各組織の要職を務める。