事故事例データベースの意義【RISCAD Story 第2回】by和田有司
さんぽコラム RISCAD story 第2回/全10回
事故事例データベースの意義
-リレーショナル化学災害データベースと事故分析手法PFA-
和田 有司
投稿日:2017年10月19日 10時00分
不幸にもある化学プラントで事故が起きてしまったとき、過去に同じ化学プラントで同じような事故を起こしていたとしたら、それは安全対策ができていない、と厳しく非難されるであろう。そうでなくても、同じような事故が他の企業や化学プラントで起こっていて、その事故情報を活用した安全対策をとっていなかったとしたら、やはり厳しく非難されるであろう。
よく「事故に学べ」と言われるが、過去の事故は、将来の事故を防ぐための教師である。何か新しい化学物質を扱ったり、新しい反応を利用しようとするとき、その物質や反応にどういう危険性があって、結果としてどういう事故が起こりうるかは、実際にやってみなければわからないことが多い。しかし、自分たちで実際にやってみるまでもなく、過去にやってみた事例があって、失敗して、事故という教材を残してくれているとしたら、それを学ぶべきである。これが事故事例を収集する意義の原点である。
しかし、実際に事故事例を収集してみればわかるが、自分たちが目的とすることと同じようなことをやって起きた事故事例というのは、容易には見つからない。そこで、まずはできるだけ数多くの事故事例を集めておいて、その中から自分たちの目的に合う事故事例を探し出せるようにする。これは初歩的な事故事例収集の考え方であり、網羅的な事故事例データベースが必要とされる理由でもある。
初歩的な、と否定的に書いてしまったが、現状では、おそらくそれが最善の方法であり、かつ、最低限やっておかなければならないことであろう。それでも、それで目的に合う事故事例が見つかればよい方で、見つかったとしても、そこから十分に今後の安全対策立案の役に立つ情報が得られるとは限らない。現状は、見つけた事故事例の再発防止対策をみて、自社で行っている、あるいは、行おうとしている対策と比較して、ああ、これで良かったか、と安心することができる程度ではなかろうか。
2001年に米国CSB(U.S. Chemical Safety Board:化学安全委員会)を訪問した際に、CSBでは過去3年間のプロジェクトで約10,000,000件の事故情報を収集し、さらにそれを有用と思われる約600,000件まで絞り込んでみたが、結局は事故の分析に結びつく有益な情報は何も得られなかったとのことであった。つまり、ただやみくもに事故事例を集めただけでは意味がないということはCSBが証明してくれている。この結果を受けて、CSBではデータベースの運用方針を大きく転換した。年に数件の事例だけを選び出し、2-5名の調査チームを作って、労働者や管理者へのインタビューを交えた詳細な調査を行い、分析して、詳細な事故調査報告書を発表することにした。また、近年では事故調査報告書の内容を実写やCGを使用したムービーにしてYouTubeで公開している。
CSBの調査例:2013年6月13日、米国・ルイジアナ州での事故
・CSBによる当該事故まとめ(英語):Williams Olefins Plant Explosion and Fire
・USCSBチャンネルの関連映像
しかしながら、CSBは、OSHAやEPAなどの政府機関や化学産業を中心とした産業界に対して勧告を行う権限を持つ政府系の独立機関であって、事故の調査権を持つ特別な機関である。日本の化学産業の事故に関しては、このような事故調査機関が存在しないというのが現状である。したがって、国内の化学事故に関してCSBの事故調査報告書のような踏み込んだ内容の事故調査報告書を探そうとしても、おそらく困難である。
結果として、日本では事故事例の分析は自分でやらなければならない。単に目的に合うような事故事例を見つけて、再発防止対策を確認(して、ホッと安心)する以上のことを事故事例から学びたければ、収集する事故事例の範囲を広げて、集めた事故事例を自分たちで分析し、そこから何か自分たちに役立つ教訓を見つけ出さなければならない。これが事故事例収集のもう一つの目的である。
※このコラムは2013年に産総研の学術誌「Synthesiology − 構成学」に掲載された「産業保安と事故事例データベースの活用-リレーショナル化学災害データベースと事故分析手法PFA-」を再編成したものです。
国立研究開発法人 産業技術総合研究所 環境安全本部 安全管理部 次長 (兼)安全科学研究部門付
1件でも事故を減らし、1人でも被害者を減らしたい、という一心で事故DBに携わって25年になります。趣味は事故情報の収集です。