酸素は濃すぎてもこわい【Dating Chemistry 人と化学のランデヴー】by 若倉正英

さんぽコラム Dating Chemistry 人と化学のランデヴー
酸素は濃すぎてもこわい
若倉正英

投稿日:2017年09月21日 10時00分

 前号で酸素欠乏症は怖いと申し上げたが、酸素は濃度が高くても危険なやっかいなガスである。

 米国とソ連による冷戦のまっただ中、ケネディ大統領はソ連への優位性を示すことを目的に、人類を月に送り込もうとした。アポロ計画である。しかし、1967年、最初の有人宇宙飛行船となるはずであった、アポロ1号の発射の予行演習中にコックピットで火災が発生し、3人の宇宙飛行士が犠牲となった。

アポロ1号の事故
アポロ1号宇宙航空研究開発機構(JAXA)提供

 当時、宇宙船内は酸素で満たされていたため、わずかの火源でケーブルなど船内の可燃物が燃え始め、2層のハッチの内層が内側に開く構造であったため、室内が燃焼して加圧状態になったことでドアが開かなくなってしまったのである。事故後、徹底的な原因調査が行われ、難燃性として知られていた多くの物質が、純酸素中では容易に燃焼することが明らかになった。ソ連崩壊後の情報公開で、同時期にソ連の宇宙船(ソユーズ)でも同じ事故が起きていたことが分かったのだった。この情報が公開されていたら、アポロ1号の事故は防げていたのではないだろうか。

 その後NASAは酸素中での燃焼危険性に関する研究を続けたが、リウマチ治療などで利用される高圧酸素療法での火災や爆発事故や、酸素ボンベからの漏洩で室内の酸素濃度が上昇して作業着が燃えてしまうなどの事故は今も起き続けている。

 高濃度の酸素を長期的に吸い続けることは人にとって有害でもある。産院で純酸素を吸入し続けた未熟児が失明するという事故が起きたこともあった。また、災害時やスキューバダイビングの呼吸用に酸素ボンベを使用してはならない。急性酸素中毒を起こすと言われている。

酸素中毒
酸素中毒- 一般社団法人日本救急医学会

高圧酸素療法での火災・爆発事故例
病院の高圧酸素治療装置の火災事故 – RISCAD(1992年12月29日)

若倉 正英 / Masahide WAKAKURA

国立研究開発法人 産業技術総合研究所 安全科学研究部門 客員研究員
特定非営利活動法人 安全工学会 保安力向上センター センター長

産総研での事故分析や保安力の評価などに従事。モットーは、”遊びと仕事の両立”。