理科の実験に関連した体調不良【注目の化学災害ニュース】RISCAD CloseUP

投稿日:2023年6月1日 10時00分

ゴールデンウィーク明けのこの季節、今年「も」中学校の理科の実験に関連した生徒の体調不良のニュースが聞かれました。事故への表現で、不謹慎にとれる「も」という並立の副助詞を使用したのは、この時期毎年のように同様の事例が見られるためです。「さんぽのひろば」では過去に複数回その実験に関連した体調不良について取り上げてきました。その実験とはどのようなものなのでしょうか。今回の「RISCAD CloseUP」ではこれまでも取り上げてきた「理科の実験に関連した体調不良」について、再度考えてみたいと思います。

中学2年理科「鉄と硫黄の化合の実験」

冒頭で触れたように、例年この時期になると聞かれることが多い中学校の授業での体調不良のニュースがあります。それは、硫化鉄に塩酸を加えて硫化水素を発生させるという中学2年生の理科で行われる実験に関連して起きる、生徒たちの体調不良です。

まずは参考として、該当の実験の内容が紹介されているYouTube動画をご覧ください。

授業「化学変化と原子・分子~鉄と硫黄の化合~」|理科|中2|群馬県 (tsulunos 〜群馬県公式〜)
中2理科_鉄と硫黄の混合物の加熱 (福岡市教育委員会 動画配信チャンネル(中2)

2023年5月に起きた体調不良の事例

次に、今月に入って起きた鉄と硫黄の化合の実験に関連した体調不良の概要を見てみましょう。

2023/5/17 秋田・中学校の理科の実験で硫化水素による体調不良
中学校の理科室で硫化水素を発生させる実験後に体調不良が起きた。生徒13名が体調不良で病院に搬送されたが、いずれも軽症であった。教育委員会の調べでは、理科室で2年生の生徒32名が、鉄と硫黄を混合して加熱してできた硫化鉄に、塩酸を加えて硫化水素を発生させる実験を行い、硫化水素の発生を確認するため、手であおいでにおいを嗅ぐなどした。同室では授業開始前から換気扇を回し、実験前に窓を開けて換気していた。また、実験手順や使用した物質の量は適切であった。

2023/5/18 茨城・中学校の理科の実験で硫化水素による体調不良
中学校の理科室で硫化水素を発生させる実験後に体調不良が起きた。生徒4名が体調不良で病院に搬送されたが、いずれも軽症で中毒症状は確認されなかった。教育委員会の調べでは、2年生の生徒が硫化鉄に塩酸を加えて硫化水素を発生させる実験を行ったが、実験中、同室は換気しており、実験手順や使用した物質の量は適切であった。

2023/5/25 茨城・中学校の理科の実験で硫化水素による体調不良
中学校の理科室で硫化水素を発生させる実験後に体調不良が起きた。生徒7名が頭痛や吐き気で病院に搬送されたが、いずれも軽症であった。教育委員会の調べでは、2年生の生徒が、1時間目の理科の授業で、鉄と硫黄の混合物に塩酸を加えて硫化水素を発生させる実験を行い、その片づけをしていた。換気や実験手順、使用した物質の量は適切であった。

2023/5/26 愛知・中学校の理科の実験で硫化水素による体調不良
中学校の理科室で硫化水素を発生させる実験後に体調不良が起きた。生徒11名が体調不良となり、10名が病院に搬送され、1名が早退した。いずれも軽症であった。教育委員会の調べでは、理科室で2年生の2クラスの生徒が、鉄と硫黄を混合して加熱してできた硫化鉄に、塩酸を加えて硫化水素を発生させる実験を行った。実験中、同室は換気しており、実験手順は適切であった。また、生徒に対し、硫化水素の発生を確認するためににおいを嗅ぐ際には手で扇いで嗅ぐように指導していた。

4つの事例はいずれも、硫化水素を発生させる実験の後で複数名の生徒が体調不良となったものです。体調不良となった生徒たちのほとんどは病院に搬送されていますが、いずれも軽症であったとのことです。

そして、教育委員会や学校の調べでは、いずれも実験の際の理科室の換気は行われており、実験手順や使用した物質の量などは適切であったとのことです。

実験における注意事項

教科書の出版元では、実験に際しての注意をまとめ、教員等の教育関係者に周知しているようです。

ここでは、啓林館(新興出版社)実験・観察の安全指導が紹介されているページを参考に見てみたいと思います。

(2年)鉄と硫黄の混合物を加熱する実験について

①鉄と硫黄の混合物の加熱で発生する気体につきまして

鉄と硫黄の混合物を加熱すると、硫黄の蒸気や二酸化硫黄(亜硫酸ガス)のような有毒な気体が発生します。以下のことにご留意いただき、安全に実験を行ってください。

○実験の前に、生徒に有毒な気体が少量発生すること、正しく行えば心配がないことを伝えるとともに、次のことを十分に説明し、注意を促す。
・加熱時に発生する気体を深く吸い込まない。
・反応させる量については、厳重に守る。
・加熱の際は、試験管の口に脱脂綿でゆるく栓をする。

○理科室を密閉した状態で実験を行わない。
・常に十分な換気を行う(換気扇を回す、窓を開けて行うなど)。

○実験後は、試料をすべて回収し、室内に置いたままにしない(生徒に廃棄させない)。
・特に、試験管内の物質は実験後、試験管ごと速やかに回収する。

啓林館(新興出版社) 実験・観察の安全指導 (2年)鉄と硫黄の混合物を加熱する実験について
 より引用)

繰り返しになりますが、前出の4つの事例では、教育委員会、学校の調べで、実験の際の理科室の換気、そして実験手順、使用した物質の量などは適切であったとのことなので、上記の事項はおおよそ全て守られていたということになります。

そして前出の事例は、1ヶ月のうちに起きたものではありますが、全国に多くの中学校がある中のたった4校での出来事であり、重症者は出ていないため、考え方によっては大騒ぎするほどのことではないと捉えることも出来なくはありません。しかし、実験手順、換気など最善の注意を払って行われた実験なのに、体調不良の生徒が複数名出てしまうというのは、授業を行う教員等をはじめとした教育関係者にとって悩ましい問題なのではないでしょうか。

また別の可能性として、実験により体調不良者が出たという情報を生徒たちがネットやテレビのニュースなどで知った場合、生徒の性格によっては硫化水素を発生させる実験に不安を抱くかもしれません。その場合、不安が招いた過度の緊張が体調不良の引き金となるということがないとは言い切れません。

理科の実験に関連した別の事故

さて、生徒たちの体調不良についての事例は先にお伝えしたとおりですが、今月は他にも理科の実験に関連した事故で、気になる事例が2件ほど確認されました。それは実験後の理科室での火災です。2つの事例を紹介したいと思います。

2023/5/19 石川・中学校の理科室でごみ箱の硫黄と酸化鉄から火災
中学校の校舎3階の理科室でごみ箱に捨てられた実験後の廃棄物から火災が起きた。火災報知器が鳴動したため同校の職員が確認したところ、同室のごみ箱から出火しているのを発見して消防に通報した。職員が消火器で初期消火を行い、消防が消火したが、ごみ箱と同室内の実験台の一部が焼けた。けが人はなかった。警察と消防の調べでは、同校では出火当日、理科の授業があり、ごみ箱に廃棄された硫黄と酸化鉄が反応して出火した可能性がある。

2023/5/24 福岡・中学校の理科室でごみ箱のスチールウールから火災
中学校の校舎2階の理科室でごみ箱に捨てられた実験後の廃棄物から火災が起きた。火災報知器が鳴動しているのに近所の住民が気づき、消防に通報した。消防車など10台が約40分後に消火したが、同室内の机と床の一部が焼けた。同校は施錠されており無人で、けが人はなかった。警察と消防の調べでは、同室では出火前日、金属の燃焼の実験を行い、実験に使用したスチールウールをアルミホイルに包み、水をかけずに不燃物用のプラスチック製のごみ箱に廃棄した。廃棄されたスチールウールの熱で、同ごみ箱や、横にあった可燃物用のごみ箱などから出火した可能性がある。

石川の事例は、今回メインで触れた硫化鉄に塩酸を加えて硫化水素を発生させる実験後の火災と考えられます。また、福岡の事例は、硫化鉄に塩酸を加えて硫化水素を発生させる実験と同じく、中学2年生の理科で行われる、酸化と燃焼の実験後の火災と考えられます。いずれもごみ箱に廃棄後の実験試料の反応により起きた火災の可能性があります。

前出の、啓林館(新興出版社)実験・観察の安全指導が紹介されているページでは、実験後の試料の取り扱いについても記載されていました。

(2年)鉄と硫黄の混合物を加熱する実験について

②実験後の試料につきまして

鉄と硫黄の混合物やその反応物は、実験後、必ず先生方が回収していただき、完全に反応させてから廃棄してください。
鉄粉と硫黄粉末の混合物は、加熱しなくても、水分を加えることによって反応し、発熱します。未反応の試料を可燃物とともに放置しますと、条件によっては発熱して、火災の起こる危険性があります。また、硫黄をスチールウールなどの鉄分と一緒に廃棄しますと、同様のことが起こる可能性があります。これらのことによって、実際に小火が起こったという事例もあります。したがいまして、これらの試料は、可燃物の近くに置いたり、可燃物と一緒に廃棄したりしないようご注意ください。
ご指導にあたりましては、十分ご留意くださいますようお願い申し上げます。

啓林館(新興出版社) 実験・観察の安全指導 (2年)鉄と硫黄の混合物を加熱する実験について
 より引用)

ここには、「鉄と硫黄の混合物やその反応物は、実験後、必ず先生方が回収していただき、完全に反応させてから廃棄してください」とあります。他の実験の後始末はどのような方針になっているのかは不明ですが、少なくともこの実験については、石川の事例のようにごみ箱内で反応が続き火災が発生するといったことを防止するための対策として、教員が実験後の試料を回収し、完全に反応させて廃棄することになっているようです。実験における生徒たちの体調不良はもちろん起きてほしくないことですが、実験試料の不始末により学校で火災が発生するというのもまた避けるべきことです。

まとめ

教員の負担が大きいと聞く教育現場ですが、理科の実験を通じて生徒たちの化学への知識を深めることはもちろん、わたしたち「さんぽのひろば」の立場としては、実験を通して生徒たちの安全への関心も高まって行くことを期待しています。

【参考情報】

【参考記事】

さんぽニュース編集員 伊藤貴子