私たちは消毒用エタノールの扱いに慣れたのか? その1【注目の化学災害ニュース】RISCAD CloseUP

投稿日:2022年07月07日 10時00分

このコーナーでは過去に数回、消毒用エタノールについて触れてきました。最初に取り上げたのは、2020年4月の「エタノールの特性と分類−消毒用エタノールは引火性液体−」、次は同年5月の「消毒用エチルアルコールを取り扱う時に注意すべきこと」、そして2021年3月の「誤飲事故はなぜ起きたか」です。他にも、RISCAD Update内で、折に触れ消毒用エタノール関連の事故情報などをお知らせしてきました。気づけば消毒用エタノールが私たちの身近なものとなってから2年以上が経過しました。イコール、新型コロナウイルス(COVID-19)が流行し始めてからそれだけの年月が経過したということになります。今回また消毒用エタノールについて取り上げるのは、今年3月と5月に消毒用エタノールが関連する事故が起きたためです。私たちの日常に馴染んだかに思える消毒用エタノールですが、果たしてこの2年数ヶ月で私たちは消毒用エタノールの扱いに慣れることができたのでしょうか。今回は、「私たちは消毒用エタノールの扱いに慣れたのか? その1」と題しClose UPです。

*「私たちは消毒用エタノールの扱いに慣れたのか? その2」は9月に掲載予定です。

高校総合体育大会の競歩競技での給水時の誤提供によるエタノール誤飲事故

5月初旬、消毒用エタノールに関する、以下のような事故が起きました。

2022/05 山梨・競歩競技の給水時に誤って消毒用エタノールを提供して誤飲
高校総合体育大会の5,000m競歩競技で給水時に誤って手指消毒用エタノールを提供し、誤飲した選手の体調不良が起きた。給水用コップに入った消毒用エタノールを口にした選手3名のうち、1名が嘔吐して倒れて競技を棄権し、他の2名は消毒用エタノールを吐き出して競技を続けた。3名は競技終了後、医療機関を受診し、回復後帰宅した。県の高校体育連盟の調べでは、給水用の水は未開封でラベル付きの2Lのペットボトル、消毒用エタノールは水と同じ形状の2Lのペットボトルであったが、開封してラベルが剥がされていた。いずれも競技場内の倉庫に保管されており、競技役員が水のペットボトル2本と消毒用エタノールのペットボトル1本を同じ箱に入れて給水エリアに運んだ。競技前に審判員が、給水用コップに水と消毒用エタノールを誤って注いだ可能性がある。

スポーツ競技中に提供され、水と思って口にしたものが消毒用エタノールであったとは、その時の選手たちの衝撃たるや相当なものだったでしょう。この競技の参加選手は高校生8名で、上記の概要にもあるように、うち3名が消毒用エタノールを口に含み、1名は体調不良となり棄権しました。

この競技結果は無効となり、後日参加選手8名全員で競技のやり直しとなりました。3名の選手たちは競技終了後に病院を受診しましたが、その日のうちに回復したとのことで、大事に至らずに済んだことは不幸中の幸いでした。

 

事故の7つの要因

ここで、この事故の要因となった可能性がある事象を、上記事故概要から考えてみようと思います。

(1)ラベルなしかつ開封済みであったとはいえ、消毒用エタノールが給水用の水と同じ形状の2Lのペットボトルに入っていた
(2)消毒用エタノールを入れたペットボトルにわかりやすい表示をしていなかった(消毒用、飲用不可、飲むな!など)
(3)給水用の水のペットボトルと消毒用エタノール入りのペットボトルを同じ倉庫に保管していた
(4)競技役員が倉庫からペットボトルを運搬した際、関係者に内容物についての説明をしなかった可能性
(5)競技役員が倉庫からペットボトルを運搬した際、関係者がおらず、ペットボットルの内容物についての説明をせずにペットボトルを置いて立ち去った可能性
(6)審判員および関係者が、給水エリアに置かれているペットボトルは、給水用の水に違いないと思い込んでいた可能性
(7)審判員が給水用コップにペットボトルの内容物を注ぐ前に、内容物の確認をしなかった可能性

他にも思いつく要因があった方がいるかと思いますが、私がぱっと思いついたのは上記の7つでした。

*これは、あくまで推測を含めた、「要因となった可能性」がある事象であることをご承知おきいただければと思います。なお、競技に参加していた選手が気付けた可能性は想定していません。

 

要因に対する防止策、改善策を考える

次に、この要因はどうすれば発生しなかったか、どうすれば改善できたのか考えてみました。

要因(事実)

(1)ラベルなしかつ開封済みであったとはいえ、消毒用エタノールが給水用の水と同じ形状の2Lのペットボトルに入っていた
消毒用エタノールを給水用の水と同じ形状の2Lのペットボトルに入れるべきではなかった。
・過去に、ペットボトル容器や栄養ドリンクの瓶に移し替えられた農薬の誤飲事故などが繰り返し発生していることから、ペットボトル容器入りの消毒用エタノールは、誤飲事故につながる可能性があると予見し、扱いを慎重にすべきであった。

(2)消毒用エタノールを入れたペットボトルにわかりやすい表示をしていなかった(消毒用、飲用不可、飲むな!など)
(1)で触れたように、そもそも消毒用エタノールを給水用の水と同じ形状の2Lのペットボトルに入れるべきではなかったとしても、内容物の表示すらしていなければ取り違えの可能性があると予見し、何かの対応をすべきであった。
・給水用の水のペットボトルは未開封でラベル付きであったとはいえ、消毒用エタノールは水と同様に無色透明であったと思われ、エタノールを入れたペットボトルに何の表示もしていなければ、水と取り違える可能性があると予見すべきであった。

(3)給水用の水のペットボトルと消毒用エタノール入りのペットボトルを同じ倉庫に保管していた
(1)、(2)の要因があったため、 (3)を要因と捉えた。
・給水用の水と消毒用エタノールが明らかに別のものであると容易に判断できような状態(形状、表示等)で保管されていなかったことが問題であり、本来、両者が同じ倉庫に保管されることについては特に問題はないように思われる。

要因(推測)

(4)競技役員が倉庫からペットボトルを運搬した際、関係者に内容物についての説明をしなかった可能性
(5)競技役員が倉庫からペットボトルを運搬した際、関係者がおらず、ペットボットルの内容物についての説明をせずにペットボトルを置いて立ち去った可能性
(1)、(2)の要因があったため、 (4)、(5)の要因が発生した。
大きな大会などでは、各所から関係者が集まり、それぞれ審判員、競技役員などの役割を担うことが多いと思われる。この消毒用エタノールの件はもとより、会場についてのさまざまな情報などについても、当然知っているであろう、分かっているであろうでは通用しないため、確実な情報伝達をするべきであった。
・情報伝達不足の可能性。
・ペットボトルの外装(ラベルあり未開封、ラベルなし開封済み)を見れば中身が何であるかわかると思っていた、またはわかると思い込んでいた可能性。

(6)審判員および関係者が、給水エリアに置かれているペットボトルは、給水用の水に違いないと思い込んでいた可能性
(4)、(5)の情報伝達不足の要因があったため、(6)の要因が発生した。(4)、(5)で確実に情報伝達がされるべきであった。
・事前情報がなく、いずれのペットボトルも給水用の水であると思い込んでいた可能性。
・コロナ禍以前に開催された大会では、給水エリアに消毒用エタノールが持ち込まれることはなかったと思われ、関係者らが置いてあるペットボトルは給水用の水であると思い込んでしまった可能性。

(7)審判員が給水用コップにペットボトルの内容物を注ぐ前に、内容物の確認をしなかった可能性
(4)、(5)の情報伝達不足の要因があったため、(7)の要因が発生した。(4)、(5)で確実に情報伝達がされるべきであった。
・事前情報がなく、いずれのペットボトルも給水用の水であると思い込んでいた可能性。
・コロナ禍以前に開催された大会では、給水エリアに消毒用エタノールが持ち込まれることはなかったと思われ、関係者らが置いてあるペットボトルは給水用の水であると思い込んでしまった可能性。
・コロナ禍でマスクを着用しており、においに対しての感受性が低かった可能性。(本来、エタノールの匂いは覚知しやすいと思われる)
・コロナ禍のため、給水用コップなどに必要以上に触れないようにしていたため、においの違いなどに気づけなかった可能性。

 

まとめ

事故というのは様々な要因が積み重なって起きます。今回のエタノール誤提供による誤飲事故について結論は、消毒用エタノールを給水用の水と同じ形状の2Lのペットボトルに入れるべきではなかったということになるかと思います。この要因がなければ、その後の要因は発生せず、事故は起きなかった可能性が高いです。

上記の大前提の要因ありきで起きたといえるこの事故ですが、その後の誤提供、誤飲事故に至るまでの経過と要因から考えると、この2年数ヶ月で「私たちはエタノールの扱いに慣れた」とは言い切れないことがわかります。

例え消毒用エタノールの扱いに慣れたつもりでいても、シチュエーションによってはまださほどでもない可能性があるのです。というのも、消毒用エタノールが身近なものになってから2年数ヶ月経過したとはいえ、その間停止していた社会活動などが多数あると考えられるためです。

そのような活動を再開した時にその場に存在する消毒用エタノールは、その状況下ではまだ新規の物質であり、その場特有の要因などが合わさり、予想していなかった事故が起きる可能性があるのです。

 

*「私たちは消毒用エタノールの扱いに慣れたのか? その2」は9月に掲載予定です。

 

【参考記事】

 

さんぽニュース編集員 伊藤貴子