投稿日:2023年8月3日 10時00分
7/20に、宮城の中学校で理科の実験中に生徒と教諭の計4名がアンモニア水を浴びるという事故が起きました。そのうち、生徒1名と教諭1名は目にアンモニア水が入りましたが、病院での診察の結果、幸い異常なしとのことでした。目という大事な器官に薬品を浴びてしまったこの事故はなぜ起きたのでしょうか。今回の「RISCAD CloseUP」では、文部科学省の学習指導要領を参照しながら、「理科の実験と安全教育」について考えてみたいと思います。
中学校でのアンモニアの性質を調べる実験中の事故
冒頭で述べたように、7/20、宮城の中学校で理科の実験中に生徒と教諭の計4名がアンモニア水を浴びるという事故が起きました。まずはその事故の概要をみていきたいと思います。
2023/7/20 宮城・中学校の理科の実験でアンモニア水が飛散して被曝
中学校で理科の実験中に加熱していたアンモニア水が飛散し,生徒と教諭が被曝した。アンモニアの性質を調べる実験で,教諭が実験の見本を見せるため生徒を1か所に集め,試験管にアンモニア水と沸騰石を入れてゴム栓をして炎で熱していた際,ゴム栓が外れてアンモニア水が飛散した。周囲にいた生徒4名と教諭1名の目や腕にアンモニア水が飛散し,うちアンモニア水が目に入った生徒1名と教諭1名が病院に搬送されたが,異常はなかった。アンモニア水が腕にかかった生徒2名のうち1名は腕の痺れで病院を受診した。また,別の生徒1名がアンモニアの臭いを嗅いで体調不良となった。教育委員会の調べでは,学習指導要領解説では保護めがねを着用することになっていたが,生徒も教諭も着用していなかった。
理科の実験中に、目という大事な器官に薬品を浴びてしまったこの事故で気になるのは、「学習指導要領解説では保護めがねを着用することになっていたが、生徒も教諭も着用していなかった。」というところです。
今回着用が省略されていた保護めがねは、学習指導要領ではどのように記載されているのでしょうか。
学習指導要領とは
ところで、学習指導要領、よく耳にしますがどのようなものなのでしょうか。私たちが目にする機会は少ないものではないかと思うので、今回は
文部科学省のサイト内の
ページで確認してみました。
それによれば、
「学習指導要領」については、以下のような説明がされていました。
「学習指導要領」とは、全国どこの学校でも一定の水準が保てるよう、文部科学省が定めている教育課程(カリキュラム)の基準です。およそ10年に1度、改訂しています。子供たちの教科書や時間割は、これを基に作られています。
おおよそ想像していた、「先生たちが生徒を指導する際の指針となるもの」というところでほぼ間違いなさそうです。
中学校学習指導要領解説 理科編
「さんぽのひろば」では、これまで学校での理科の実験中の事故事例を多く取り上げてきました。中でも、冒頭で触れた事例を含め、中学校で起きる事故は多いように感じます。そこで、
「中学校学習指導要領(平成 29 年告示)解説 理科編」(平成 29 年 7 月 (令和3年8月 一部改訂))(以下、
「学習指導要領解説」と表記します。)を参照し、一部抜粋しながら見ていきたいと思います。
ここでは、特に実験での安全に関することが書かれていると思われる、
「3 事故防止、薬品などの管理及び廃棄物の処理 」(
「学習指導要領解説」130ページ〜)を確認していきます。
3
観察、実験、野外観察の指導に当たっては、特に事故防止に十分留意するとともに、使用薬品の管理及び廃棄についても適切な措置をとるよう配慮するものとする。
事故を心配する余り、観察、実験を行わずに板書による図示や口頭による説明に置き換えるのではなく、観察、実験を安全に行わせることで、危険を認識し、回避する力を養うことが重要である。
エ 点検と安全指導
生徒にも安全対策に目を向けさせることが大切である。観察、実験において事故を防止するためには、基本操作や正しい器具の使い方などに習熟させるとともに、誤った操作や使い方をしたときの危険性について認識させておくことが重要である。
生徒を危険な目に遭わせる可能性があるから理科の実験を行わないという方針を取るのではなく、実験により子どもたちに安全はもちろん危険を認識させることで、より大きな安全を学ぶ機会とするのが大事であると書かれていると読めます。
言うまでもなく、学校での学びは上級学校に進学するためだけのものではありません。
危険を認識し、回避する力というのは、社会人になっても必要とされますし、もっと大袈裟に言えば生きていくために必要なものであると言えます。
安全は危険を認識することから始まると考えると、より安全に近づくためには、危険なことを認識し、ひいては危険なことが起きる可能性を推測する危険予知ができるようになることが大事であると考えます。
保護めがねについて
ここまで、
「学習指導要領解説」での実験の安全についての記述を見てきましたが、ここからは、冒頭で触れた宮城の事例にあった保護めがねについて見ていきたいと思います。
保護めがねについては、
「(1)事故の防止について」の
「カ 観察や実験のときの服装と保護眼鏡の着用」(
「学習指導要領解説」132ページ)
で触れられていました。見出しに「保護眼鏡」が入っているということは、その着用は重要な項目として取り上げられていると考えられます。
(「さんぽのひろば」では「保護めがね」としていますが、
「学習指導要領解説」では「保護眼鏡」と表記されているので、引用部分ではそのまま「保護眼鏡」と表記します。)
カ 観察や実験のときの服装と保護眼鏡の着用
飛散した水溶液や破砕した岩石片などが目に入る可能性のある観察、実験では、常に保護眼鏡を着用させるようにする。
「水溶液などが目に入る可能性のある実験では、
常に保護眼鏡を着用させるようにする」と比較的強めの書きぶりで記述されていました。
今回事故が起きたのは、アンモニア水と沸騰石を入れてゴム栓をした試験管を炎で熱する実験中でした。まず、「学習指導要領解説」にあるように、アンモニア水を使用した実験であることから、保護めがねを着用して行う実験であったと考えられます。
また、危険予知の観点からいくと、突沸を防ぐために沸騰石を入れた上でのアンモニア水の加熱であるとはいえ、突沸が絶対に起こらないとは言い切れないことや、炎での試験管の加熱によって、ガラス製の試験管が割れるなどの事象が絶対に起きないとは言い切れないことなどから、やはり保護めがねを着用して行うべき実験であったのではないかと考えます。
安全教育も理科の教育の一環と考えたい
過去にあった理科の実験中に保護めがねを着用していなかったことにより起きた事故に、以下のような事例がありました。
2023/4/27 愛知・中学校で理科の実験中に水酸化ナトリウム水溶液が飛散して被曝
中学校の理科の授業で、水酸化ナトリウム水溶液を電気分解して水素の発生を確認する実験中、教諭が発生した水素にライターで着火した際、水酸化ナトリウム水溶液が飛散し、生徒が被曝した。周囲にいた生徒5名の顔や衣服に水酸化ナトリウム水溶液がかかり、うち1名の目に入ったため病院で治療を受けたが、視力などへの影響はなかった。実験のマニュアルでは保護めがねを着用することになっていたが、ほとんどの生徒がマスクをしていたため、教諭が保護めがねが曇ると安全でないと判断し、生徒に保護めがねを着用させていなかった。
新型コロナウイルスの流行下で、生徒たちがマスクをしていたため、保護めがねが曇ると安全でないと判断した教諭が、生徒たちに保護めがねを着用させていなかったという事例です。
この事例を参考に考えると、宮城の事例は教諭が生徒を1か所に集めて実験の見本を見せていた際の事故であることから、あくまで推察ではありますが「生徒が保護めがねをしていたら実験の見本がよく見えないかもしれない」と教諭が考え、保護めがねの着用をさせていなかった可能性がないとは言いきれません(教諭本人も保護めがねを着用していませんでしたが)。また、そうであるとすれば、実際に生徒たちが実験を行う段階になったら、保護めがねを着用するよう指導する予定であった可能性があります。
しかし、事故は起きました。保護めがねを正しく着用していれば、試験管からアンモニア水が飛散したとしても、それが目に入るという事故は起きなかった可能性が高いのではないでしょうか。
前半で触れた「学習指導要領解説」で記述されている安全の考え方に今回の事故を重ねると、実験から得られる結果を理解すること、器具などを正しく使用する方法を知ることはもちろんですが、薬品などを扱う際にはどのような危険があるかを認識し、けがなどをしないために保護具(この場合は保護めがね)を着用して危険を回避すのための手段を知ることも、理科の実験やその教育の一環である、ということではないかと思うのです。
【参考情報】
【参考記事】
さんぽニュース編集員 伊藤貴子