ほめるか しかるか【産業保安インサイド 第13回】by 若倉正英
さんぽコラム 産業保安インサイド 第13回/全15回
ほめるか しかるか
若倉正英
投稿日:2012年07月12日|更新日:2017年06月15日 10時00分
最近,石油精製と石油化学の工場長さんや環境安全部門の方々の話を伺う機会に恵まれている。私たちのグループの業務の柱でもある「産業保安」は,産業との連携なしには意味をなさないわけで,とてもありがたい。現場の管理者との対話から,皆さんがもっとも力を入れ,かつ悩んでいるのが,モチベーションと教育であることが強く感じられた。
高経齢化の進む化学プラントでは計画的な設備保全に加えて,思わぬ腐食や故障による想定外のトラブルや事故の可能性も無視できない。”街頭監視カメラ”をいくらたくさん付けても,犯罪が防止しきれないのと同様,検知警報システムに頼るには限界がある。現場の発見力が重視されるゆえんである。安全管理のベテランは,異常な事象を未然に発見するには経験や技術に加えて,それを見つけ出そうという熱意が最も重要だ,と言われる。しかし,これがなかなか難しい。衣食の足りた若い世代が,生活の糧である自らの職場を真剣に守ろう,と思わせるにはどうすればいいのだろうか。現場モチベーションの向上を,ほめることから始めようとの試みが増加しているようだが,叱る(罰する)ことで規律を引き締めることも大事であるという,欧米的な意見も聞こえてくる。
ほめることとしかることは教育の基本だといわれるが,そのバランスが難しい。出版社のドル箱である,教育書には”しかって育てる”,”ほめて育てる”のコンセプトが溢れている。尾木ママこと尾木直樹氏は子育てのポイントは「叱る」ことより「ほめる」ことだという。しかし,叱るなというのではない,叱ることは怒ることではないよ,と言っているのである。
NPO安全工学会がプロセス現場と管理の経験者の知恵を集めて作成した,産業の安全文化に関する評価項目でも,部下のモチベーションを上げるために,”安全優先の姿勢をほめる態度”について採点する。1点(最低点)は,”ほめることの効果を理解していない”であり,次いで2点”わかりやすい成果が出た場合のみほめている”,3点”上長は業務上の成果や安全優先の態度に対し部下をほめている”,4点”納得感を与えつつほめることが,部下への刺激となっている”,そして最高点(5点)は”安全優先の姿勢をほめることが定着して高い安全風土ができている”である。なお,5点であるためには,第三者が職場の各層にヒアリングをして,成熟した安全風土の確認をする必要がある。
むろん,現場では皆が決められたルールを守り,時には厳しく接することが大前提であることはいうまでもない。
※このコラムは2009-2013年にリレーショナル化学災害データベース(RISCAD)サイトにて掲載されたコラムを再掲したものです(コラム内の情報は掲載当時のものです)。
さんぽコラム 産業保安インサイド 全15回
第1回 「化学安全と難波先生」
第2回 「産業における安全文化」
第3回 「災害報道と原因の探求」
第4回 「化学安全における経営層の役割」
第5回 「えっ!しらないの?」
第6回 「事故事例は役に立つのか?」
第7回 「改善は安全に」
第8回 「未曾有の大災害 マスコミ報道と自分たちの役割を考える」
第9回 「震災で考えたこと:事故からは成功体験も学びたい」
第10回 「モラルはなぜ生まれたのか」
第11回 「埋もれてしまった報道情報を知りたい」
第12回 「災害の記憶をどう語り継げばよいのだろう」
▶第13回 「ほめるか しかるか」
第14回 「社長と安全」
第15回 「炭鉱事故と救護隊」
国立研究開発法人 産業技術総合研究所 安全科学研究部門 客員研究員
安全工学会保安力向上センター・センター長
産総研での事故分析や保安力の評価などに従事。モットーは、”遊びと仕事の両立”。