事故事例は役に立つのか?【産業保安インサイド
第6回】by 若倉正英

さんぽコラム 産業保安インサイド 第6回/全15回
事故事例は役に立つのか?
若倉正英

投稿日:2010年09月30日|更新日:2017年06月15日 10時00分

 不況の影響で企業を対象にした学会やセミナー会社の講演会は苦戦だそうだが,事故事例に関する講演会の参加者数はそう落ち込んでいないらしい。事故報告書には,「過去の類似事故を教訓としなかったのが大きな原因だ」,と指摘されているものも少なくない。事故の教訓は再発防止に役立つのだなぁ,と思われるゆえんである。だが本当にそうだろうか。

 事故事例の収集をライフワークとし,災害情報センターを設立された難波先生や駒宮功額氏から,「事故情報をできる限り集めておけば,必要のある人がそれを使って安全の向上に役立てることができるのだ」とよく聞かされた。しかし,災害情報センターが整備され,事故情報が提供されるようになると「安全の専門家を含めて,自分から使おうとする人が少ない。残念である。」と,こぼされることも少なくなかった。

 ここに事故情報活用の穴があるように思われる。かっては,化学工場での事故が少なくなかったので,他社の類似の事故情報を担当者が知れば,すぐに現場での再発防止に活用できたのだろうが,現場に事故の経験者が少なくなった今は,手取り足取りの説明が求められるようだ。ある化学会社の環境安全の部長さんが,「化学プラントは内部に巨大なエネルギーが存在しているのだが,ずっと事故がないと,若いオペレータは危険性を実感できない。それが悩みだ。」と話されていたのが心に残っている。危ないと思っていない人に事故の話をしても,通じにくいのはやむを得ないのかもしれない。

 事故の発生数から頻度を求め,リスク評価に利用する例も少なくないが,事故事例活用の本筋は教育ではないかと思う。

 RISCADは事故情報の提供に工夫を加えて,安全化への貢献を目指しているが,世代間の危機認識の溝を埋めるためにはさらなる進化も必要だろう。そのために,ユーザーの方たちとの対話が羅針盤となることは間違いがない。

 これからしばらく,事故事例の活用について考えてみたい。

※このコラムは2009-2013年にリレーショナル化学災害データベース(RISCAD)サイトにて掲載されたコラムを再掲したものです(コラム内の情報は掲載当時のものです)。

さんぽコラム 産業保安インサイド 全15回

第1回 「化学安全と難波先生」
第2回 「産業における安全文化」
第3回 「災害報道と原因の探求」
第4回 「化学安全における経営層の役割」
第5回 「えっ!しらないの?」
▶第6回 「事故事例は役に立つのか?」
第7回 「改善は安全に」
第8回 「未曾有の大災害 マスコミ報道と自分たちの役割を考える」
第9回 「震災で考えたこと:事故からは成功体験も学びたい」
第10回 「モラルはなぜ生まれたのか」
第11回 「埋もれてしまった報道情報を知りたい」
第12回 「災害の記憶をどう語り継げばよいのだろう」
第13回 「ほめるか しかるか」
第14回 「社長と安全」
第15回 「炭鉱事故と救護隊」

若倉 正英 / Masahide WAKAKURA

国立研究開発法人 産業技術総合研究所 安全科学研究部門 客員研究員
安全工学会保安力向上センター・センター長

産総研での事故分析や保安力の評価などに従事。モットーは、”遊びと仕事の両立”。