災害報道と原因の探求【産業保安インサイド 第3回】by 若倉正英

さんぽコラム 産業保安インサイド 第3回/全15回
災害報道と原因の探求
若倉正英

投稿日:2009年12月21日|更新日:2017年06月15日 10時00分

 日本の自然災害は地震だけではなく,風や雨が大きな被害を発生させることも多い。大雨の後の土砂崩れなど,人災の要素もある災害もしばしば報告されている。テレビ画面でこのような災害の悲惨な映像と,切なげなレポーターが被害者やその家族にするインタビューが繰り返し流され,苦渋の表情を浮かべたキャスターが役所をしかりつけている。“行政はいったい何をしていたんだ!”と,怒る彼または彼女のコメントを,テレビの前でうなずきながら眺めていることも少なくない。埋め立て事故で崩壊した建家など,模型まで使って被害の状況を詳細に紹介し,防災や地質の専門家がその原因を解説することもある。今起きている重大な事象を市民が共有できるのは,報道があってこそであり悪いことでは決してない。

一方,梅雨末期の豪雨で起きた土砂崩れで,多くの犠牲者が出た老人ホームの前で年配の寮長さんが発したコメントが,とても気になった。彼女は怒りを通り越した冷静さで“これは起こるべきして起きた事故です。上流域の無計画な道路工事で森の保水力が失われていたのです。これは前から予想されていたことなんです”と述べていた。多分,行政はしかるべく数値を並べて工事の正当性を主張するだろうが,彼女の言い分は素人でも理解できる真っ当なものであった。

災害報道の目的を一概に決めつけることはできないかもしれないが,“他人の不幸は密の味”的なものであってはならない。事故が行政等の組織やシステムの過誤や欠陥に起因するならば,それを明らかにして悲劇の再発を防ぐことに,一役買うべきではないだろうか。むろん,事故の再発防止の検討は報道本来の使命ではない。しかし,報道であるが故に得られた貴重な情報は,専門家が事故の背後にある要因を分析する際に大いに役立つだろうし,分析の結果明らかになった要因を周知し,事故の再発に活用するうえで報道の果たすべき役割は大きいと思う。

ご存じのようにRISCADでは,化学事故の根本的な原因分析のバックアップのために事故進展フローを作成している。市民が犠牲なることの多い自然災害でも,このような事故進展フローを作成することで,取り返しのつかない事故の大本の原因にまでさかのぼることが可能である。

テレビで流される災害情報をドラマのように眺めるたびに,事故データベースに関わる者として,事故情報は再発防止のためにあるということ強く感じるのである。

※このコラムは2009-2013年にリレーショナル化学災害データベース(RISCAD)サイトにて掲載されたコラムを再掲したものです(コラム内の情報は掲載当時のものです)。

さんぽコラム 産業保安インサイド 全15回

第1回 「化学安全と難波先生」
第2回 「産業における安全文化」
▶第3回 「災害報道と原因の探求」
第4回 「化学安全における経営層の役割」
第5回 「えっ!しらないの?」
第6回 「事故事例は役に立つのか?」
第7回 「改善は安全に」
第8回 「未曾有の大災害 マスコミ報道と自分たちの役割を考える」
第9回 「震災で考えたこと:事故からは成功体験も学びたい」
第10回 「モラルはなぜ生まれたのか」
第11回 「埋もれてしまった報道情報を知りたい」
第12回 「災害の記憶をどう語り継げばよいのだろう」
第13回 「ほめるか しかるか」
第14回 「社長と安全」
第15回 「炭鉱事故と救護隊」

若倉 正英 / Masahide WAKAKURA

国立研究開発法人 産業技術総合研究所 安全科学研究部門 客員研究員
安全工学会保安力向上センター・センター長

産総研での事故分析や保安力の評価などに従事。モットーは、”遊びと仕事の両立”。