産業における安全文化【産業保安インサイド 第2回】by 若倉正英
さんぽコラム 産業保安インサイド 第2回/全15回
産業における安全文化
若倉正英
投稿日:2009年08月17日|更新日:2017年06月15日 10時00分
欧米や日本では石油や石油化学プロセスでの潜在危険性の増大が危惧されている。その背景には,これらの基幹プラントの多くが1970年代に建設され,40年,50年という経験のない長寿命設備のメンテナンスを求められることや,これらを運転,保全する人たちの大量引退の時期を迎えることなどがある。プラント安全管理のために多くの機器やシステムが開発されているが,それにもまして重要なのが人と組織の問題であることが指摘されている。
ヨーロッパでは1980-1990年にチェルノブイリ原子力発電所事故をはじめとして,鉄道や産業分野で大事故が発生した。マンチェスター大学のジェームズ・リーズン教授を中心に,多くの研究者がこれらの重大事故を分析して,複雑化,巨大化したシステムでは,些細なミスが重大事故となることを見いだした。これらの分析結果から,安全に関する組織がもつべき安全文化に関する研究がすすんだ。リーズン氏は著書(「組織事故」;日科技連刊 1999年)で,安全文化とは「正義の文化」「柔軟な文化」「報告する文化」「学習する文化」であると述べている。
一方,プロセス産業では,米国Texas-city製油所での爆発(2005年,15名が死亡した),英国Buncefieldの油槽所での火災(2005年,甚大な環境汚染が生じた)など,重大な火災,爆発災害が起き続けている。これらの事故については詳細な原因の分析が行われ,経営層の責任と安全文化の必要性が指摘された。
また,日本でも石油精製や石油化学における保安コンプライアンス問題や事故への対応,ならびに自主的な保安力の向上を目的に,原子力安全・保安院の諮問委員会(2006年 田村昌三座長)が安全文化の醸成によるプロセス産業の,自主的な保安力向上に対する具体的な対応策の必要を諮問した。直ちに安全文化と自主的な保安力のあり方に関する具体的な作業が始まり,2006年から安全工学会が経済産業省の委託に基づいて,安全文化,保安基盤の項目と両者の関係に関する検討を行っている。
本年度からプロセス産業の関連事業所への調査を通して,保安力評価を自主的な安全活動として活用するための検証する段階に至っている。次号から,保安力のコンセプト,安全文化や保安基盤の項目と構成,自己評価のあり方と評価結果の活用などについてご紹介する予定である。本事業には産業技術総合研究所安全科学研究部門も参画しており,メールマガジンの読者からもぜひご意見を頂きたいと考えている。
※このコラムは2009-2013年にリレーショナル化学災害データベース(RISCAD)サイトにて掲載されたコラムを再掲したものです(コラム内の情報は掲載当時のものです)。
さんぽコラム 産業保安インサイド 全15回
第1回 「化学安全と難波先生」
▶第2回 「産業における安全文化」
第3回 「災害報道と原因の探求」
第4回 「化学安全における経営層の役割」
第5回 「えっ!しらないの?」
第6回 「事故事例は役に立つのか?」
第7回 「改善は安全に」
第8回 「未曾有の大災害 マスコミ報道と自分たちの役割を考える」
第9回 「震災で考えたこと:事故からは成功体験も学びたい」
第10回 「モラルはなぜ生まれたのか」
第11回 「埋もれてしまった報道情報を知りたい」
第12回 「災害の記憶をどう語り継げばよいのだろう」
第13回 「ほめるか しかるか」
第14回 「社長と安全」
第15回 「炭鉱事故と救護隊」
国立研究開発法人 産業技術総合研究所 安全科学研究部門 客員研究員
安全工学会保安力向上センター・センター長
産総研での事故分析や保安力の評価などに従事。モットーは、”遊びと仕事の両立”。