震災で考えたこと:事故からは成功体験も学びたい【産業保安インサイド
第9回】by 若倉正英
さんぽコラム 産業保安インサイド 第9回/全15回
震災で考えたこと:事故からは成功体験も学びたい
若倉正英
投稿日:2011年06月30日|更新日:2017年06月15日 10時00分
5月下旬,畑村洋太郎東京大学名誉教授が福島第一原子力発電所の事故調査・検証委員会の委員長に就任されたという。”創造に失敗はつきものであり,失敗を分析することで成功への道が開けてくる”というコンセプトで知られる,失敗学の提唱者である。失敗という負の価値を成功の基とする考え方は,中国の格言”失敗是成功之母”だけではなく,似たような表現は諸国にあるという。しかし,これらの格言は失敗にもめげず努力を積み重ねなさいという意味合いが強く,失敗に内在する価値の積極的な抽出とは意味が少し違う気がする。
事故事例の活用は,事故に至る失敗要因の分類やその水平展開することなどに重点が置かれる。国外の事故データベースでは必須となっているLL (Lesson Learned) も,専門家による事故からの失敗の抽出が柱である。しかし,会社経営などの経済活動,教育やスポーツ,さまざまな社会活動でその向上を目指すときには,失敗より成功体験の活用が重視される。失敗を糧にすることもあるが,その比率はきわめて小さい。だからこそ,多くの人たちの目に,失敗に学べという畑村氏の主張が新鮮に映ったのだろう。
事故から学ぶべきことはその発生から拡大までの失敗の連鎖と同様に,拡大を未然に防ぎ,事故の端緒である起因事象をうまく回避した成功の体験も重要である。
事故が起きないと安全のありがたさは実感できないから,経営者が安全にお金を出したがらないという話をよく聞く。事故の回避に貢献した行動や機器の作動や偶然の出来事が,危機回避要因だった認識されることは意外に少ない。このような成功体験を”成功ナレッジベース”とすることも有意義ではないか。また,成功知識はヒヤリハットの中に埋まっていることも少なくない。ヒヤリハットの活用では,事故に伝播しなかった要因を見つける目を養うことが肝要だろう。
話は飛ぶが,今回の地震と津波で多くの化学プラントが被害を受けており,燃えさかるLPガスタンクの映像を記憶されている方も多いだろう。しかし,危険有害物を多量に保有する化学施設から,周辺への被害の拡大は少なかったのではないだろうか。業界団体や保安防災にかかわる行政の協力を求めて,事故の拡大防止や被害の封じ込めに成功した事例を集め,非常時への対応強化に活用してはどうだろうか。
OECD(国際経済開発協力機構)の化学品事故ワーキンググループは,自然災害が引き金になる化学事故のリスク低減を目指す新規プロジェクト”Natech (Control of The Impact of Natural Hazards on Chemical Installations)”を立ち上げており,日本からの協力への期待は少なくないようである。日本が提供すべき情報は,大震災によりどのような化学事故が起きたということより,化学プラントが事故の拡大をどのように防いだかに価値があるように思える。
なお,Natechの活動については今後詳しくご紹介するが,現時点でのプロジェクトの考え方は以下を参照されたい。
Natech risk reduction in OECD Member Countries
※このコラムは2009-2013年にリレーショナル化学災害データベース(RISCAD)サイトにて掲載されたコラムを再掲したものです(コラム内の情報は掲載当時のものです)。
さんぽコラム 産業保安インサイド 全15回
第1回 「化学安全と難波先生」
第2回 「産業における安全文化」
第3回 「災害報道と原因の探求」
第4回 「化学安全における経営層の役割」
第5回 「えっ!しらないの?」
第6回 「事故事例は役に立つのか?」
第7回 「改善は安全に」
第8回 「未曾有の大災害 マスコミ報道と自分たちの役割を考える」
▶第9回 「震災で考えたこと:事故からは成功体験も学びたい」
第10回 「モラルはなぜ生まれたのか」
第11回 「埋もれてしまった報道情報を知りたい」
第12回 「災害の記憶をどう語り継げばよいのだろう」
第13回 「ほめるか しかるか」
第14回 「社長と安全」
第15回 「炭鉱事故と救護隊」
国立研究開発法人 産業技術総合研究所 安全科学研究部門 客員研究員
安全工学会保安力向上センター・センター長
産総研での事故分析や保安力の評価などに従事。モットーは、”遊びと仕事の両立”。