改善は安全に【産業保安インサイド
第7回】by 若倉正英

さんぽコラム 産業保安インサイド 第7回/全15回
改善は安全に
若倉正英

投稿日:2010年12月24日|更新日:2017年06月15日 10時00分

 トヨタ生産方式の柱として知られる「カイゼン」は,工程や製品の”むだ”をなくすことを目的に,現場の作業者が中心となって行う活動である。トヨタ自動車が”カイゼン”によって収益力を大きく向上させたことから,カイゼンは世界語となり,さまざまな分野に普及している。一方,カイゼンは工程や原料などの”変更”という側面を持っている。化学プラントでは”変更”の管理が安全を維持するための重要な要素であり,現在も変更時のリスク評価のあり方について議論が進められている。

 しかるべき理由があった手順が,人が変わり組織が変わるとその手順の意味が忘れられ,改善の対象となることがある。例えば,化学装置の水圧試験は手間がかかることから,現場判断でこれを省略する例があると聞く。水圧試験をはしょったために見つからなかった容器の材料欠陥が原因で,容器が破裂したことがあった。水などの非圧縮性流体と異なり,ガス圧の上昇による破裂では,設備が激しく破壊されたり,破片が飛散して2次的な被害を生じることがある。

 また,石油化学プラントの製造部門のベテランからこんな話も聞いた。ある重合プラントで,それまで焼却していたプラント内のモノマー蒸気を回収し,原料として再投入するという改善が提案されたことがあった。原料回収の効率面が評価されて工程の変更が許可されたが,再投入されたモノマー蒸気が反応器壁などに凝縮して想定外の速度で重合し,重合熱で分解(解重合)が起きて反応器が破損した。プラントを立ち上げた当初の検討では,モノマー蒸気には重合禁止剤が含有されないため,異常重合の危険性が想定された。そこで回収せず焼却処理することが決められたことが判明した。そのときの経緯が忘れられて,原料のむだの削減だけが議論の俎上に上ってしまったのだそうだ。

 提案活動はオペレータが設備や運転について”考える”いい機会である。しかし,改善を目的とした変更では,どのような効果が上がるかという点に目が向きがちである。改善について考えるときには,それが生み出すリスクについても思いをめぐらす必要があるだろう。

 ちなみに,RISCADで”変更”に関連した事故を検索すると31件抽出された。だが,事例を読み下してみると工程や装置材料,原料の変更に起因する事例は,あまり多くはない。プロセスでは変更がリスクを増大させることが指摘されていながら,既存の事故データベースから変更に関する水平展開の材料を抽出するのは結構難しいことが判明した。多くの事故報告書が責任をあいまいにするような書き方をしていることとも,深い原因分析を阻害しているように感じられる。RISCADの新しい取り組みであるPFAでは,現場や事故の解析に関する経験豊かな専門家の知恵を借りて,事故に潜む”変更”などの間接的な要因も見つけ出したいと考えている。

※このコラムは2009-2013年にリレーショナル化学災害データベース(RISCAD)サイトにて掲載されたコラムを再掲したものです(コラム内の情報は掲載当時のものです)。

さんぽコラム 産業保安インサイド 全15回

第1回 「化学安全と難波先生」
第2回 「産業における安全文化」
第3回 「災害報道と原因の探求」
第4回 「化学安全における経営層の役割」
第5回 「えっ!しらないの?」
第6回 「事故事例は役に立つのか?」
▶第7回 「改善は安全に」
第8回 「未曾有の大災害 マスコミ報道と自分たちの役割を考える」
第9回 「震災で考えたこと:事故からは成功体験も学びたい」
第10回 「モラルはなぜ生まれたのか」
第11回 「埋もれてしまった報道情報を知りたい」
第12回 「災害の記憶をどう語り継げばよいのだろう」
第13回 「ほめるか しかるか」
第14回 「社長と安全」
第15回 「炭鉱事故と救護隊」

若倉 正英 / Masahide WAKAKURA

国立研究開発法人 産業技術総合研究所 安全科学研究部門 客員研究員
安全工学会保安力向上センター・センター長

産総研での事故分析や保安力の評価などに従事。モットーは、”遊びと仕事の両立”。