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  • 大気拡散シミュレーションを用いた近代日本の煙害の定量的再構築
  • 大気拡散シミュレーションを用いた近代日本の煙害の定量的再構築

    井上和也(リスク数理解析研究グループ)

    • 高橋卓也(滋賀県立大学)

    【背景・経緯】
     明治から昭和初期にかけて、銅鉱山の製錬に伴う煙害は日本を代表する公害問題の一つでした。しかし、当時は大気汚染の観測体制が十分ではなく、被害記録や補償記録も限られていたため、汚染がどの範囲に広がり、農林業へどのような影響を及ぼしたのかを定量的に評価した研究はほとんどありませんでした。また、汚染、被害、補償の関係を空間的に解析した事例も限られていました。そこで、滋賀県立大学の高橋卓也教授が主導する研究に当部門が大気拡散シミュレーションの面から共同で参画し、愛媛県の別子銅山を対象として、歴史資料と大気拡散モデルを組み合わせることで、煙害の実態と補償との関係を定量的に分析しました。
     

    【成果】
     歴史資料から推定した銅生産量や製錬施設の条件を基に、各時代の製錬所から排出された亜硫酸ガス(SO₂)の拡散を、大気拡散モデルAIST-ADMERにより再現しました(図)。その結果、江戸期の旧別子では山間部に限定されていた影響範囲が、明治期の新居浜への移転と生産量増加により沿岸域へ拡大し、大正期の四阪島操業時にはさらに広域へ及んでいたことが示されました。また、推定したSO₂濃度分布と当時の被害・補償記録を比較した結果、被害記録との関係は必ずしも明瞭ではなかった一方で、補償額との間には統計的な関係が認められました。さらに、この関係式を用いた分析から、四阪島への製錬所移転は陸域への影響や補償負担の低減に寄与した可能性が示されました。これにより、歴史資料だけでは把握が困難だった煙害の空間的な広がりと補償との関係を定量的に評価することが可能となりました。

     

    図 大気拡散モデルAIST-ADMERにより推定した3時代におけるSO₂濃度分布(橙色:0.04 ppm超、薄橙色:0.004~0.04 ppm)

     (a) 江戸期(旧別子製錬所) (b) 明治期(新居浜・惣開製錬所) (c) 大正期(四阪島製錬所)

     
     

    【成果の意義・今後の展開】
     本研究は、大気拡散シミュレーションと歴史資料を組み合わせることで、観測データが存在しない時代の大気汚染を空間的・定量的に再構築したものです。また、汚染、被害、補償の関係を統合的に評価することで、歴史的公害に対する企業対応を客観的に検証できることを示しました。今後は足尾、小坂、日立など他の主要銅鉱山にも対象を拡大し、公害と企業対応の比較分析を進める予定です。これにより、近代日本の公害問題と企業対応に関する理解の深化が期待されます。

     

    ※ 書誌情報
    Takahashi, T. and Inoue, K. (2025). Spatial and quantitative analysis of historical pollution incidents: sulfur dioxide emissions from copper smelting during Japan’s modernization era. Jurnal Pengelolaan Sumberdaya Alam dan Lingkungan (Journal of Natural Resources and Environmental Management), 15(6)
     

    ※謝辞
    本研究は、滋賀県立大学の高橋卓也先生が主導し、井上との共同研究として実施しました。また、本研究は公益財団法人日立財団倉田奨励金のご支援を受けました。記して謝意を表します。

    2026年10月21日