水素エネルギーキャリアのリスク評価
恒見清孝(排出暴露解析グループ)
【背景・経緯】
水素社会に向け燃料電池車(Fuel cell vehicle: FCV)が広く普及するには、FCVに水素を充填する社会インフラである、水素ステーションの導入が不可欠です。しかし、水素をエネルギーとして利用する際は、水素が体積当たりのエネルギー密度が低いため、高圧水素や液体水素にて輸送・貯蔵が行われますが、それらの効率が悪い課題があります。そこで注目されているのが、有機ハイドライドをエネルギーキャリアとして用いる方法ですが、有機ハイドライドとして使用されるメチルシクロヘキサンやトルエンはヒトへの毒性を有します。そこで、有機ハイドライド型水素ステーションを対象にリスク評価を実施してきました。その成果をご紹介します。
【2019年度の取組みと成果】
有機ハイドライド型水素ステーションでの事故によって、水素が漏洩し爆発あるいは火災が発生することによるヒト死傷のリスクと、エネルギーキャリアの化学物質が漏洩拡散することによる急性毒性のリスクの両方について、スクリーニング評価と詳細リスク評価を実施しました。
スクリーニング評価結果では、ステーション周辺の一般環境でのヒトへの死傷や、作業環境での脱水素工程、液体貯蔵工程からの事故漏洩シナリオでのヒトへの死傷は、リスク懸念なしと判断しました。また、水素貯蔵工程の蓄圧器接続配管、圧縮機および接続配管を水素漏洩源とする事故シナリオを主要なリスクシナリオとして抽出し、詳細リスク評価を行った結果、現行の国内の高圧ガス保安法にもとづく離隔距離や障壁設置等の規則によって、水素ステーションのリスクは十分に低減できていることを示し(下図参照)、かつ規制見直しの可能性を明らかにしました。
これらの成果は、「水素ステーションとその周辺のリスク評価書」としてとりまとめて、(国研)産業技術総合研究所のウェブページ(/assessment/44520/)で公開しました。
【成果の意義・今後の展開】
公開したリスク評価書は、国や事業者が水素ステーションの安全性評価や安全管理を行う上で参考になるものと考えています。また、高圧ガス保安法や毒物及び劇物取締法等のハザード管理による法律が、リスク管理による法律に将来的に転換することで、事業者自らの安全性評価による新規開発技術の社会実装が進むことが期待されます。
※ この成果は、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリアに関するステーションとその周辺に対するリスク評価手法開発と社会受容性調査」により行われたものです。
図 水素ステーションのリスク評価結果(蓄圧器接続配管部からの水素漏洩、単位:/年、括弧内数字は1mメッシュの数)
高さ3 mの障壁設置で、障壁の外側で住民や通行者の死傷リスクがクライテリアの10-6/年を超えず、現行法で十分にリスク低減がなされていると判断した。
2020年07月13日