化学物質非定常排出シナリオ構築のための毒劇物の漏洩事故情報解析
小野 恭子(排出暴露解析グループ)
【背景・経緯】
災害や事故による非定常の化学物質排出は、近年の自然災害の増加、またそれに連動して起こり得る事故の増加等から、一般環境(事業所外など)への影響にも注目が集まっています。一般環境の影響予測や事故時の対策策定には、現実の事故の性質や規模を想定してシミュレーションを行うことが求められます。本研究では、その際の現実的なシナリオの構築を目的として、「毒物又は劇物の流出・漏洩事故情報」(以下、毒劇物DB)への届出データ1999-2018年分(1540件)を用いて、毒劇物の事故時における、漏洩した化学物質の漏洩量、漏洩先、事故と関連した装置・設備、事故による環境影響などを整理・解析しました。
【成果】
毒劇物DBでは、128物質について事故届出がなされていましたが、漏洩先が大気の場合、塩化水素、アンモニア、塩素で届出件数の半分強を占め、水域では水酸化ナトリウム、硫酸、塩化水素で6割を占めていました。漏洩先が大気の場合、一般住民への影響が懸念される事象が起こる場合が多く、水域の場合、魚のへい死、鳥の死亡の数が多いことが示されました。漏洩量の数値情報(記載ありのデータは全体の約6割)はテキスト抽出ののち重量に換算しました。漏洩量の累積度数分布は多くの物質で対数正規分布に近いことが示されました(図左は一例)。この結果から、漏洩量データが限られている物質においても、累積度数が対数正規分布に従うとみなすことで分布のパラメータが得られ、漏洩量の中央値や95パーセンタイルなどが推定可能になると考えられます。さらに事故の概要のテキストを分析し、一つの事故事例の中で同時に出現しやすい語句の関係、およびその事故の性質(漏洩先が「大気」「水域」等)を対応分析と呼ばれる手法により可視化しました(図右)。
図 「毒物又は劇物の流出・漏洩事故情報」の解析結果例
(左)事故1件当たり漏洩量の累積度数分布。ここでは大気に排出された塩化水素と水域に排出された水酸化ナトリウムの例を示す。
(右)事故情報における「事故の概要」のテキストより語句を抽出し、共起ネットワーク分析および対応分析を行った結果。抽出された語句の関連が高ければ近くに配置される。さらにそれらの語句が「大気」「水域」等、どの漏洩先と関連が高いかを示したもの。
【成果の意義・今後の展開】
本解析により、対象が事故時の毒劇物の漏洩に限られているものの、化学物質の漏洩量の平均およびワーストケースを示すことができました。これらの値をシミュレーションの入力値とし、個別の事故事例の漏洩原因なども踏まえつつ排出シナリオを設定することで、より現実的なシナリオのもと事故時の影響予測が可能となると考えられます。今後、個別事例を詳細に解析する従来の事故解析手法と併せて、シナリオの精度を高めていく予定です。
※ 本研究の一部は、(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(1FS-1701及びS17-1(2))およびトヨタモビリティ基金「水素社会構築に向けた革新研究助成」の支援を受けて行われました。
2022年02月09日