窒素沈着量の増加による森林の生物多様性損失:長期調査データからの知見
林 彬勒(排出暴露解析グループ)
【背景・経緯】
気候変動に並び、窒素循環改変と生物多様性損失はプラネタリーバウンダリーを超えた二大危機です。さらに、生態系の生物多様性損失の三大要因の一つは窒素循環改変がもたらした大気中窒素化合物(NOxやNH3)の増加に伴う窒素沈着量増加です。イギリスの草原における150年以上に亘った窒素沈着実験では、土壌のpHが5.8から3.5と著しく酸性化し、50以上の植物種が消えました。このように海外から数多くの窒素沈着と生物多様性損失との相関研究が報告されましたが、日本ではこうした研究報告が皆無に等しいです。一方、日本ではこれまでに全国規模の長期的な窒素沈着量調査(酸性雨対応)や森林毎木調査(生物多様性対応)が実施され、そのモニタリングデータが公表されています。
【成果】
本研究は、日本における窒素沈着量と生物多様性損失との相関関係を調べる初めての試みとして、アジア大気汚染研究センター、環境省や東京大学から公表された長期的なモニタリングデータを用いて、時空間的な窒素沈着量と森林の植物種数の変化との関連解析を行いました。得られた主な結果(図1)は、
1)全国8ヶ所のうち、6ヶ所(利尻、佐渡島、東京、愛知、隠岐、小笠原)における窒素沈着量が1980年代後半から2011年にかけて増え続けました
2)全国20ヶ所の森林毎木調査から最も高い森林枯死率を有する芦生・秩父・赤津は、長年、最も高い窒素沈着量が観察された愛知・東京・隠岐に隣接していることが確認できました
3)1990から2010年の間、愛知演習林では273樹種のうち22の樹種(8.05%)が消えたことに対して、窒素沈着量は1988年の11.8 から2008年の16.8 kgN/ha/yrに増えました
4)日本の森林における窒素の限界負荷量が10 kgN/ha/yrであることが示唆されました
図1 長年の窒素沈着量の増加による森林生態系の生物多様性損失
【成果の意義・今後の展開】
日本における窒素沈着と生物多様性損失との相関関係を解析した最初の研究事例であり、全国規模で長年実施してきた時空間的な調査データを活用した点も意義があります。さらに、日本の森林における窒素沈着の限界負荷を10 kgN/ha/yrと提案したことは、国が取り組んでいる森林の生物多様性保全政策に助言できます。
* Bin-Le Lin, Yoko Kumon, Kazuya Inoue, Naoko Tobari, Mianqiang Xue, Kiyotaka Tsunemi, Akihiko Terada (2021): Increased Nitrogen Deposition Contributes to Plant Biodiversity Loss in Japan: Insights from Long-Term Historical Monitoring Data, Environmental Pollution, 290, 2021/8. https://doi.org/10.1016/j.envpol.2021.118033
2022年09月27日