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  • 前駆物質排出量の段階的削減による地上オゾン濃度変化とその便益の評価
  • 前駆物質排出量の段階的削減による地上オゾン濃度変化とその便益の評価

    井上 和也(環境暴露モデリンググループ)

    • Vazquez Santiago Jairo(環境暴露モデリンググループ)

    【背景・経緯】
     地上に存在するオゾンはヒトの健康や農作物の収量などに有害な影響を与えることが知られています。我が国の光化学オキシダント(ほぼオゾンと同義)は今でもほとんどの測定局で大気環境基準を達成しておらず、その低減は喫緊の課題となっています。オゾンによる有害な影響を効率的に低減させるための排出削減対策を策定するためには、前駆物質であるNOx(窒素酸化物)とVOC(揮発性有機化合物)の排出削減によるオゾン濃度の変化はもちろん、それに伴う有害影響低減効果や便益についても定量的に評価することが不可欠です。しかし、これまでの多くの研究は、オゾン濃度の変化の予測までにとどまっているものが多く、必ずしも、効率的な排出削減対策策定に資するものではありませんでした。

     

    【成果】
     本研究では、関東地方を対象に、各前駆物質の排出量を現状(2016年度想定)から段階的に削減した場合のオゾン濃度の変化とその便益を、安全科学研究部門で開発された大気化学輸送モデル(ADMER-PRO)と「大気汚染対策便益評価システム」を組み合わせて用いることにより予測しました。下図は、NOx排出量の段階的削減によるオゾン濃度変化に伴う各有害影響低減量とその便益を、人為起源VOCの大幅削減(100%削減)も伴わせて行うかどうかで分けて示したものですが、この図によると以下の3つのことがわかります。
    ●死亡者数低減便益は、中途半端なNOx削減率では負の値になるが、大幅な削減率をでは正の値に転じる。
    ●コメ増収便益は、常に正の値であり、NOx削減率が大きくなるにつれ非線形的に増加する。
    ●VOCの大幅削減も伴わせて行った場合には、NOx単独削減の場合に比べて、小幅なNOx削減時には死亡者数低減便益、コメ増収便益のいずれも増加するが、大幅なNOx削減時にはほとんど変化がない。

    ※ Jairo Vazquez Santiago, Kazuya Inoue, Kenichi Tonokura (2022): Modeling Ground Ozone Concentration Changes after Variations in Precursor Emissions and Assessing Their Benefits in the Kanto Region of Japan, Atmosphere, 13 (8), 1187; https://doi.org/10.3390/atmos13081187.

     

     

    研究紹介_井上

    図:NOx排出量の段階的排出削減によるオゾン濃度変化に伴う各有害影響の低減量とその便益

     

    右軸が各有害影響の低減量、左軸がその便益を示す。また、人為起源VOCの大幅削減(100%削減)も伴わせて行う場合の結果を赤色、行わない場合の結果を青色で示している。「死亡者数低減量とその便益」の軸の値自体は1桁~2桁の不確実性があることに留意が必要。

     

    【成果の意義・今後の展開】
     本研究で明らかになった上記事項は、今後の排出源対策策定に関して基本的で重要な示唆を与えるものであると考えます。すなわち、適切な排出削減対策は、人とコメ収量への悪影響のいずれか、またはその両方の低減を重視するのかにより、また、短期的な視点にたった場合(小幅な排出削減を検討する場合)と、長期的な視点にたった場合(大幅な排出削減を検討する場合)で異なるので、まずは、評価のエンドポイントを決めることが重要という示唆です。

    ※ 本研究の一部は国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)からの委託業務(JPNP18016)として行われました。
    ※ 共同研究者の戸野倉賢一先生に感謝致します。

    2022年11月28日