エチレンオキシドの大気化学反応速度定数の理論的算出と全球大気質モデルによる大気寿命の評価
秦 寛夫(環境暴露モデリンググループ)
【背景・経緯】
エチレンオキシド(以下EtO)は化学物質排出把握管理促進法(化管法)の特定第一種指定化学物質に指定される人や生態への有害性が指摘される物質として知られています。EtOが大気排出されたあとのEtOの大気中ラジカルによる消失反応や、反応後にどのような生成物が生じるか、といった情報は既往の研究では明らかになっていません。産総研安全科学研究部門では、EtOの大気化学的挙動を理論的・実験的に把握することや、EtOの国内排出インベントリの整備と領域大気質モデルによるリスク評価に関するプロジェクトを2022年度より開始しました。本研究紹介では、研究成果の一部である「EtOの大気化学反応速度定数の理論的算出と全球大気質モデルによる大気寿命の評価」について紹介します。
【成果】
量子化学計算とは、原子や分子内の電子の状態や原子間の相互作用に関する情報を、量子力学的な方程式に基づいて決定する手法です。また、遷移状態理論とは、量子化学計算により得られる物理化学パラメータを反応速度定数に落とし込む理論です。これらの理論計算を用いて、図1に示すEtOの大気ラジカルによる消失と、その後の継続反応に関する反応速度定数を算出しました。EtOとOHラジカルの反応速度定数は先行研究の実験値[1]と良い一致を示しました。EtOの消失反応に関しては、大気中のOHラジカルとCl原子が特に効いてくることが明らかとなりました。一方で夜間の重要な酸化剤とされるNO3は、OHと比較しEtOとの反応速度が5桁低く、EtOの消失への寄与は小さいことがわかりました。最後に全球大気質モデルにより得られた2019年の各種ラジカル濃度の全球平均値からEtOの平均大気寿命を算出したところ、EtOの全球規模の大気寿命は1年弱と推計されました。
図1 理論計算で検討したEtOの大気化学反応過程の詳細
【成果の意義・今後の展開】
本研究では、EtOに関する大気中の化学反応速度定数を初めて体系的に算出することに成功しました。本成果は国際学術誌への投稿を通じて公表する予定です。今後は得られた反応速度定数を領域大気質モデルの化学反応メカニズムに組み込み、EtOの大気リスク評価を行っていく予定です。併せて理論計算の妥当性の検証のため、スモッグチャンバー実験によるEtOの大気酸化過程の生成物分析も実施する予定です。本研究は経済産業省の研究助成金の下に実施されました。
[1] Lorenz, K. and Zellner, R. Rate constants and vinoxy product yield in the reaction OH + Ethylene Oxide. Berichte der Bunsengesellschaft für physikalische Chemie 1984, 88(12), 1228-1231
2023年03月23日