マイクロプラスチック粒子を対象とした種の感受性分布:階層ベイズモデリングによる推定
岩崎雄一(リスク評価戦略グループ)
【背景・経緯】
近年、微細なプラスチック(マイクロプラスチック)の環境影響に対する社会的・学術的関心が高まっています。マイクロプラスチックの生態リスク評価においては、環境中での予測無影響濃度を的確に推定することが重要です。この予測無影響濃度には、異なる生物種の毒性データを対数正規分布などの統計分布で表現した種の感受性分布(Species Sensitivity Distribution:SSD)から推定される95%の種が保護できる濃度がしばしば用いられます。マイクロプラスチックを対象にSSDを推定した研究は2022年まででも複数ありますが、SSD推定時にマイクロプラスチックの多様な特徴(サイズ、素材など)を定量的に考慮した研究はありませんでした。
【成果】
本研究では、慢性毒性試験で求められる最小影響濃度に相当する毒性データを既存研究より収集し、球状のマイクロプラスチックに対象を絞り、粒子サイズ、素材(ポリスチレンとポリスチレン以外)、試験媒体(海水と淡水)の違いによる影響を考慮できるSSDを階層ベイズモデリングにより推定しました。モデリングの結果、SSDの平均値は、粒子サイズと負の関係にあり、淡水よりも海水の試験で10倍程度低いことが示唆されました(SSDの平均値が低いほど、有害性が高いことを意味する)。本研究は、国際的にも初めて、マイクロプラスチックの特徴を考慮してSSDを推定した研究である一方で、得られたこれらの推定結果は、非常に限られた毒性データに基づいており、不確実性が大きいことに留意が必要です。当該成果は、Environmental Toxicology Chemistry誌に論文として公開しました(Takeshita et al. 2022)。
図:本研究の概要(Takeshita et al. 2022を改変)
【成果の意義・今後の展開】
マイクロプラスチックと一言でいっても、多様なサイズ、素材、形状などの特徴を持つ混合物であり、この特徴がリスク評価や有害性評価をチャレンジングなものにしています(岩崎ら 2021)。今後は、より充実した毒性データに基づいて、形状も含めた多様な特徴を考慮できるSSDの推定に取り組む予定です。階層ベイズモデルを用いたSSDの推定はマイクロプラスチック以外の化学物質にも適用可能であり、論文としてそのような手法を提示できた意義も大きいと感じています。
引用文献
岩崎雄一, 眞野浩行, 林彬勒, 内藤航. 2021. マイクロプラスチックの水生生物への粒子影響に着目した有害性評価の現状と課題. 環境毒性学会誌 24:53-61.
Takeshita KM, Iwasaki Y, Sinclair TM, Hayashi TI, Naito W. Illustrating a species sensitivity distribution for nano- and microplastic particles using Bayesian hierarchical modeling. Environmental Toxicology Chemistry 2022. DOI: 10.1002/etc.5295
※ 本研究は、日本化学工業協会が推進するLRI(Long-range Research Initiative;化学物質の環境影響および安全性に関する長期自主研究)により支援されました。
2023年03月23日