未知物質の物性・毒性を推定する技術
– ウェブツールDetective-QSAR –
頭士 泰之(排出暴露解析グループ)
【背景・経緯】
最先端の装置で化学分析を行う事で、化学物質の存在を示す「ピーク」が一度に沢山得られるようになってきています。これはノンターゲット分析として研究の世界で広がりを見せつつあります。しかし例えば環境モニタリングでは最新のデータ解析技術を駆使しても、これらの内99%のピークの化学構造が特定できません1-2)。こうした状況は、創薬や医療に関わるメタボロミクスの分野に目を向けても同様です。つまり私たちは、自らが囲まれている化学物質についてよく分かっていません。これは私たちが化学物質によるリスクを把握しようとする上で大きな障壁となります。そこで、本研究ではピークの構造決定が出来ない場合であっても、その物質の物性や毒性を高精度に推定できる技術の開発に取り組みました。
【成果】
環境・製品・代謝物の測定、あるいは鑑識作業の一環で用いられる質量分析計という装置で化学物質を測定すると、ピークを形成するマススペクトルと呼ばれる信号パターンが得られます。このマススペクトルは、(実際には装置条件も関係しますが)物質の構造に応じて決まるため、化学物質の指紋のように捉えられており、何らかの構造情報を含んでいると考えられます。このマススペクトル情報を入力情報とし、機械学習手法である勾配ブースティング法を用いて、物性・毒性値情報と結びつけ、これらを推定するモデルを構築しました。この推定モデルは蒸気圧や水溶解度といった物性値やラット・マウスの経口半数致死量といった毒性値を高精度に推定できる事を明らかにしました。本技術は、物質の完全な構造情報を必要とせずに計測データから直接、物性・毒性値を把握する事を可能としています。下記に記載したウェブツールDetective-QSARで推定を行う事が出来るようになっています。
公表成果:
Zushi, Y., Direct Prediction of Physicochemical Properties and Toxicities of Chemicals from Analytical Descriptors by GC–MS. Anal. Chem., 2022, 94, 9149–9157.
Detective-QSAR: http://www.mixture-platform.net/Detective_QSAR_Med_Open/
図 物性値・毒性値の推定フロー
【成果の意義・今後の展開】
この成果は、大学や官公庁などで実施される環境モニタリング、企業などで実施される化成品や薬剤の評価などにおいて広く活用が見込まれるもので、ノンターゲット分析と組み合わせた包括的な物質把握を含めた化学物質評価の取り組みを促進するものです。今後は本技術を適用できる装置種の拡張(ガスクロマトグラフから液体クロマトグラフ、シングル四重極質量分析計からタンデム質量分析計への拡張)、推定項目数の拡大、推定精度の向上などに関する研究に取り組みます。
*本研究はJSPS科研費19H04297の助成を受けました。ここに謝意を示します。
【参考文献】
1) Schymanski, E. L.; Singer, H. P.; Longrée, P.; Loos, M.; Ruff, M.; Stravs, M. A.; Ripollés Vidal, C.; Hollender, J., Strategies to Characterize Polar Organic Contamination in Wastewater: Exploring the Capability of High Resolution Mass Spectrometry. Environ. Sci. Technol. 2014, 48, (3), 1811-1818.
2) Zushi, Y.; Hashimoto, S.; Tanabe, K., Nontarget approach for environmental monitoring by GC × GC-HRTOFMS in the Tokyo Bay basin. Chemosphere 2016, 156, 398-406.
2023年03月23日