米食を介した台湾北部住民の無機ヒ素摂取量推計
小栗朋子(排出暴露解析グループ)
【背景・経緯】
ヒ素は環境中に遍在する有害元素の1つであり、環境中の動態や人への移行は重要な科学的関心事として広く着目されています。特に無機ヒ素の長期曝露による健康影響は地下水ヒ素汚染地域を中心に懸念されています。われわれは重金属類の濃度が比較的高い台湾北部の水田を対象としたフィールド調査を実施しており、これまでに水田土壌を採取し、土壌中ヒ素の化学形態(beudantite [PbFe3(AsO4)(SO4)(OH)6])やヒ素の移動度を明らかとしました。米は台湾における主要な主食であるため、日本と同様に台湾住民の米食による無機ヒ素の摂取が、ヒ素の主要な曝露経路になっている可能性があります。
【成果】
本研究では台湾北部住民の重金属類曝露のバックグラウンドレベルの把握を目的とし、現地で収集した市販米について化学形態別ヒ素分析を行い、一日無機ヒ素摂取量分布の推定を行いました。
台湾北部のマーケット等で購入した精白米32試料を研究対象としました。米を粉末化したものを分析用試料とし、液体クロマトグラフICP質量分析計で測定を行いました。精白米中無機ヒ素濃度の測定値と、米研ぎによる無機ヒ素の流出分、無機ヒ素の可給態率、炊飯した米の水分量を考慮し、台湾人の調理済み米摂取重量を掛け合わせることで一日あたりの無機ヒ素摂取量分布を推計しました。
精白米中無機ヒ素濃度は0.11から0.44 mg/kgであり、米食を介した無機ヒ素一日摂取量は中央値で15 μg/日、95パーセンタイル値で41 μg/日でした。台湾北部の精白米中無機ヒ素濃度は、我が国の精白米中無機ヒ素濃度(令和元年では中央値0.10 mg/kg:農林水産省(2022))と同レベルから少し高い値であることが確認されました。
図 米食を介した台湾北部住民の無機ヒ素摂取実態調査
【成果の意義・今後の展開】
台湾北部の水田地域において、周辺住民の日常の食事からの無機ヒ素摂取についてはまだほとんど調査がされていません。今後、対象地域における無機ヒ素のリスク管理を進めるためには、水田土壌中ヒ素のイネへの移行挙動に関する知見の収集とともに、食文化を反映した米の加工・調理方法を考慮した日常的な食事からの無機ヒ素摂取量レベルに関するデータの蓄積が必要となります。今後、対象地域の水田で栽培されているイネや米を対象としたフィールド調査を進める予定です。
※ 本研究の一部は、科研費(国際共同研究強化(B))21KK0117「台湾の大規模水田汚染地帯における重金属の溶出機構の解明とコメを介した摂取量の推計」(2021~2026年)により実施しました。
2023年12月05日