化学物質流出事故対策に活用可能な河川流下予測早見表の開発
-多摩川、淀川、日光川におけるクロロホルムを例として-
石川百合子(環境暴露モデリンググループ)
【背景・経緯】
最近、全国で気候変動に伴う集中豪雨が頻発し、有害な化学物質が河川へ流出する事故が増えています。事故が発生すると、河川からの取水停止や魚のへい死など日常生活や水環境に甚大な被害が生じることが懸念されます。このような被害を可能な限り抑えるためには、流出した化学物質の影響範囲を速やかに把握し、効率的な対策を講じることが必要です。しかし、災害・事故時の化学物質の拡散予測やリスク評価には専門的な知識を要するため、自治体等が活用できる予測手法はありません。そこで産総研では、河川流域で化学物質の流出事故が発生した場合に緊急対応の範囲や期間を迅速に把握できる簡便な流下予測早見表を開発しました。
【成果】
本研究では、水道水質基準が定められているクロロホルムを対象として、流域規模が異なる3つの都市河川(多摩川、淀川、日光川)での晴天時、雨天時、集中豪雨時における流出事故を想定し、時間解像度を1分に詳細化した河川モデルAIST-SHANELを用いて拡散予測シミュレーションを行いました。各河川の事故発生地点は、集水面積や河床勾配の違いを反映させた上流、中流、下流の3か所を設定しました。推定したクロロホルムの濃度について、事故発生地点からの流下距離と事故発生後の流下時間を軸とした流下予測早見表を作成し、水道水質基準値を超過するか否かの情報も表示しました。その結果、河床勾配が大きい上流ほど化学物質の流下速度が速く流下時間は短くなり、集水面積が大きい下流ほど流量が大きく希釈効果により化学物質のピーク濃度が低くなる傾向が示されました。さらに、将来的に全国の様々な河川水系の早見表を参照できるようにするため、集水面積と河床勾配の観点によるガイダンス的な早見表一覧を提示しました。
文献)
石川百合子・村田道拓・川口智也・小野恭子・恒見清孝(2023):化学物質流出事故対策に活用可能な河川流下予測早見表の開発 -多摩川,淀川,日光川におけるクロロホルムを例として-,水環境学会誌,Vol.46, No.3, 77-84.
図 多摩川、淀川、日光川の集水面積と河床勾配の違いによるクロロホルム流下予測早見表一覧
クロロホルムの濃度が基準値を超過する事故発生からの流下距離と経過時間を晴天時は赤色,雨天時は水色,集中豪雨時は紫色で示す。
出典:石川ら(2023) Fig.5
【成果の意義・今後の展開】
自治体等の関係者が事前に管轄河川での化学物質の流出事故シナリオを想定し、このような流下予測早見表を準備しておけば、実際に流出事故が発生した場合に物質が流下する範囲や取水地点に到達する時間、基準値超過の有無を一目で推定でき、対策が必要な現場へ速やかに出動することができます。今後はより多くの河川水系や化学物質を想定した早見表を作成し、一覧の精度向上を図っていきたいと考えています。
※ 本研究は環境研究総合推進費(2018 戦略的研究開発(Ⅰ型) S-17-2(3) JPMEERF18S11707)により実施しました。ここに謝意を表します。
2024年10月10日