全天候型多目的ドーム球場における模擬飛沫の沈着および模擬飛沫核の吸入の評価
篠原 直秀(排出暴露解析グループ)
【背景・経緯】
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大により、様々な社会活動が制限されました。我々は、2020年の春以降、バスや地下鉄、神社や各種施設における換気計測や感染リスク評価の研究を実施してきました。大規模集客イベントは、COVID-19感染拡大の大きな要因の一つとみなされ、サッカー欧州選手権2020や東京オリンピック2020などの主要な大会が、中止・延期・無観客開催などとなりました。その後も、イベントへの参加人数の制限やマスク着用の義務などの対策が実施されてきました。しかし、実際の環境における飛沫・飛沫核の挙動や感染リスク評価を実測に基づいて実施した研究はこれまでにほとんどなく、対策の効果が定量的に見積もられたものではありませんでした。
【成果】
大規模集客イベントにおける新型コロナウイルス感染リスクと対策の有効性を評価するため、東京ドームの観客席において、模擬飛沫の沈着および模擬飛沫核の吸入に関する試験を実施しました。また、マスクの着用や座席間隔の拡大による効果を測定・評価しました。どの観客もグラウンドを観る向きで着席した場合、マスク着用の有無によらず模擬飛沫は周囲の人の口に沈着せず、飛沫感染リスクは低いことが示唆されました(図)。模擬的に咳やくしゃみをさせた場合、マスクを着用することで、前の座席の人の髪の毛・首の後ろ・背中や座席の背もたれの上部への飛沫の沈着量は、2桁減少しました(図)。しかし、マスクを着用しても鼻を出している場合には、座席の背もたれの上部に付着する量は17%しか減少しませんでした。発生源の近辺で最も粒子濃度が高かった座席でも、発生源から発生した模擬飛沫核(1.0~3.0 μm)のわずか0.097%~0.24%しか吸入されないことが確認されました。 これらの結果から、東京ドームの観客席における飛沫感染および飛沫核感染による感染リスクは低いことが示唆されました。
図 マスク着用の有無による咳による模擬飛沫の発生源周辺への沈着量(棒:平均値、エラーバー:標準偏差)
図中右上のマス目は、座席表を示しており、横方向はB列~D列の3列、縦方向は2番~5番の4段の範囲で試験を実施。C列3番(C-3)の座席に発生源があり、矢印の方向に咳をした場合の沈着量を各座席で測定したもの。
【成果の意義・今後の展開】
この成果は、COVID-19に対してどういった対策が有効だったかの評価に役立つと考えられます。また、今後の感染症のパンデミックが発生した際に、大規模集客イベントを開催するに当たって、マスク着用や客席の配置の検討などに活用できると考えられます。COVID-19では寄与が小さかった接触感染に関わる情報(口以外の表面への沈着量)も得られていることから、飛沫感染・接触感染・飛沫核感染全ての経路の感染対策の検討に貢献できます。
※ 本研究は、Scientific Reports誌(14巻, 論文番号: 26601,https://www.nature.com/articles/s41598-024-76806-y)に掲載されました。
2025年01月31日