環境中に大量にあるであろう観測不可の化学物質の複合影響ってどのぐらい
加茂将史(リスク評価戦略グループ)
【背景・経緯】
環境中には大量の化学物質があり、ヒトや生態系はそれらから影響を受けています。有害性や環境中濃度が高い物質はある程度把握されています。けれども、有害性が未知の物質や濃度が低すぎてあるかどうかわからない物質の影響把握は困難です。おそらくは、環境中にある物質のほとんどがそのような物質でしょう。個々の物質からの影響は微々たるものでしょう。けれども、大量にあったらどうなるでしょう。積もり積もって、深刻な影響があるかも知れません。近年、個々の物質からの影響だけでなく、環境中にある物質からの総影響を評価しようという、複合影響評価に関心が集まりつつあります。けれども、あるかどうかわからない化学物質の影響ってどうやって評価したら良いのでしょうか。これが本研究のテーマです。
【成果】
複合影響は加算とします。環境中の化学物質濃度は概ねベキ分布に従います。この二つを決めれば、後は、個々の影響を足すだけです。でも、総数がわからないと何個足していいのかわかりません。足すものの数が増えるほど、当然、影響の大きさも上がります。仮に100個と決めて評価しましょう。実際の数が1000であれば、900個を見落とした過小評価になります。過小評価を避けるにはどうすればいいでしょうか。簡単です。最も予防的な状況を考えるのです。つまり、化学物質の数は無限大。無限の物質からの影響の総和だから影響も無限になると思うかもしれません。が、ベキ分布の場合、総和は有限になるという少し不思議なことが起きます。これを証明したのが18世紀の数学者、レオンハルト・オイラーです。この総和がリスク最大の状況を表しています。つまり、この値が安全係数になるのです。この値、分布のパラメータ(k)が2の時は、1.64です。既知の物質で評価したリスクの大きさにこの値をかけたものをリスクとみなせば過小評価が避けられることになります。
図 分布のパラメータ(k)と評価に用いる安全係数(縦軸)の関係
k の値により安全係数は異なり、k が小さいほど安全係数は高くなります。農薬や医薬品の環境中濃度分布の解析したところ、k = 2にしておけば十分予防的であるとの結果を得ています。
【成果の意義・今後の展開】
欧州では、現在複合影響をどのようにして管理に組み込むかについて議論が活発に行われています。未知の物質からの影響を定量的に示した本研究は、その議論において参考にされるはずです。オイラーは、純粋な数学の問題として1.64という値を導いたと思います。実学には何の役にも立たないと思われる純粋数学の問題が約300年の時を超え、化学物質の複合影響評価という、環境科学の最前線で威力を発することとなりました。
※ 本研究は、20239月に年開催された日本数理生物学会で発表されました。
2025年01月31日