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  • 未知の大気中ラジカル反応がPM2.5濃度計算値に及ぼす影響
  • 未知の大気中ラジカル反応がPM2.5濃度計算値に及ぼす影響

    秦寛夫(リスク数理解析研究グループ)

    • Jairo Vazquez Santiago(リスク数理解析研究グループ)
    • 中村友哉(東京大学大学院)
    • 戸野倉賢一(東京大学大学院)

    【背景・経緯】
     大気汚染問題を議論する上で、大気汚染物質の輸送・排出・化学反応をシミュレートする化学輸送モデル(CTM)が利用されています。国内外の研究者らによるCTMの改良が進み、現在では、「脱炭素・資源循環技術などの次世代技術を導入した場合の大気汚染とヒト健康リスクは?」などの行政レベルまで活用することが可能となりました。しかし、有害性があり同時に気候変動因子として知られる微小粒子状物質(PM2.5)の大気化学反応に由来する生成に関しては、計算結果が観測値を再現しないことがあり、その一要因としてCTMに未考慮の化学反応があるからではという仮説があります。本研究では、比較的近年に注目されているラジカル種であるクリーギー中間体と過酸化ラジカルによるPM2.5生成への寄与をCTMで評価しました。

     

    【成果】
     既往の実験・理論研究で得られているクリーギー中間体による大気化学反応速度定数をCTMの化学反応メカニズムに組み込みました。明らかとなっていない過酸化ラジカルと二酸化硫黄(SO2)の酸化反応速度定数は量子化学計算/遷移状態理論計算で算出しました。その結果、クリーギー中間体は全球規模で最大1%弱程度PM2.5濃度の増加に寄与する一方で、過酸化ラジカルとSO2の速度定数は低く、PM2.5生成にはほとんど寄与しないことを明らかにしました。この1%弱という値は、既往研究で指摘されていた値(文献によっては5%以上)よりも低く、今回対象としたラジカル種に関して影響は大きくないと結論付けました。本研究成果はAGU Annual Meeting 2023, 2024やGas Kinetics 2024等の国際学会で発表した他、国際学術誌Environmental Science: Processes and ImpactsとEnvironmental Science: Atmospheresに掲載されています。

     

    Hiroo Hata, Kenichi Tonokura. Kinetic study of isoprene hydroxy hydroperoxide radicals reacting with sulphur dioxide and their global-scale impact on sulphate formation. Environmental Science: Processes and Impacts (2024), 26, 1147-1155.

     

    Hiroo Hata, Yuya Nakamura, Jairo Vazquez Santiago, Kenichi Tonokura. Global-scale analysis of the effect of gas-phase Criegee intermediates (CIs) on sulphate aerosol formation: general trend and the importance of hydroxy radicals decomposed from vibrationally excited CIs. Environmental Science: Atmospheres (2025), 5, 429-441.

     

    図 大気中のラジカル種生成の化学反応
    (Environmental Science: Atmospheres誌の2025年4月号のカバーアートに選出)

     

    【成果の意義・今後の展開】
     CTMによるPM2.5濃度の推計精度の向上は、産業行政が推進する脱炭素技術導入等の政策を大気汚染の視点から検討する上で重要です。本研究で対象としたラジカル種の寄与は1%程度でしたが、まだまだ未知の大気化学反応は多く存在すると言われており、それらが累積することで観測値の再現性を向上できる可能性を示唆しています。今後もCTMの計算精度向上に対して、化学反応論の立場から追及していきます。

     

    *本研究成果はJSPS科研費基盤研究C(JP21K12286)および基盤研究B(JP24K03088)の助成を受けて実施されました。

    2025年07月15日