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  • ラット反復投与亜急性毒性試験データベースの構築と解析
  • ラット反復投与亜急性毒性試験データベースの構築と解析

    竹下潤一(社会とLCA研究グループ)

    【背景・経緯】
     上市する化学物質の安全性は、各国の法規制(日本の化審法、EUのREACHなど)に基づき評価されており、これまで主に動物実験による毒性試験結果が用いられてきました。しかし、動物愛護や動物実験に係る費用・期間の観点から、動物実験の削減が国際的に求められています。動物実験代替法として細胞実験(in vitro)や計算科学(in silico)による手法の開発が行われていますが、全身への影響を評価する「反復投与毒性」については、いまだ有効な代替法が確立されていません。本研究では、代替法開発の基盤となる毒性試験データベースの構築と解析を行い、これまでに蓄積された高品質で貴重な毒性試験結果から得られるリスク評価に有用な知見の整理を目指しました。

     

    【成果】
     本研究では、日本の化審法およびEUのREACHに基づく公開情報から、雄ラットの反復投与亜急性毒性試験データを2000件以上収集・整理し、約500種類の毒性関連所見(Toxicity-related Finding; TF)に関するデータベースを構築しました。このデータベースを用いて、各試験のNOEL(無影響量)およびLOEL(最小影響量)の分布、高頻出で観察されるTFや標的臓器、ならびにTFごとのLOELの分布を分析しました。解析の結果、約85%の化学物質が肝臓・腎臓・赤血球・胃の少なくとも1つを標的臓器としていること(表)、また、雄ラット特有の腎尿細管変化や、ヒトに存在しない前胃の上皮過形成などが、ヒトには外挿できないにもかかわらず、現行の制度においてリスク評価上重要なTFとなっていることが明らかになりました。さらに、化審法およびREACHの情報についても、同様の解析をそれぞれに実施し結果を比較したところ、全体的には類似した傾向がある一方で、一部に違いが見られ、各規制制度の特性を反映していることが示されました。

     

    表 毒性標的臓器(組織)の陽性率ランキングと累積陽性率

    ※ 陽性率ランキングとは、各臓器(組織)カテゴリについてLOELが観察された毒性試験の割合(陽性率)に基づく。また、累積陽性率とは、そのランキング以上の臓器(組織)の少なくとも一つにおいてLOELが観察された毒性試験の割合である。上位4つの臓器(肝臓・腎臓・血球・胃)で累積陽性率は85%を超えるが、90%以上をカバーするにはさらに9つの臓器を含める必要がある。

     

    【成果の意義・今後の展開】
     本研究は、反復投与毒性の代替法開発に向けた科学的基盤を提供するものであり、特にTFごとのNOEL/LOEL分布や観察頻度を定量的に把握できた点に意義があると考えます。構築したデータベースは、当部門の日本語・英語のウェブサイトから公開しており、in vitro試験開発やin silicoモデル構築に広く活用されることを期待します。今後は、このデータベースをさらに活用し、リスク評価の合理化・迅速化を目指した動物実験代替法の研究を一層推進していきたいと考えています。

    謝辞:本研究は、経済産業省受託研究「省エネ型電子デバイス材料の評価技術の開発事業(機能性材料の社会実装を支える高速・高効率な安全性評価技術の開発・毒性関連ビッグデータを用いた人工知能による次世代型安全性予測手法の開発))(AI-SHIPS)」(2017年度〜2021年度)および、日本化学工業協会が推進する LRI(Long-range Research Initiative;化学物質の環境影響および安全性に関する長期自主研究)により支援されました。また、後藤嘉孝 氏(みずほリサーチ&テクノロジーズ株式会社)、山本真司 氏(株式会社システム計画研究所)および佐々木崇光 先生・吉成浩一 先生(静岡県立大学)との共同研究の成果です。

    ・本研究の成果は、以下で出版されました。
    Takeshita, J.I., Goto, Y., Yamamoto, S., Sasaki, T., & Yoshinari, K. (2024). Comprehensive analysis of the toxicity-related findings from repeated-dose subacute toxicity studies of industrial chemicals in male rats. Critical Reviews in Toxicology54(10), 996–1010.
    https://doi.org/10.1080/10408444.2024.2427221

    ・構築したデータベースは、以下で公開しています。
    https://riss.aist.go.jp/results-and-dissemin/2798/    

    2025年07月15日