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  • 種の感受性分布の推定にはどの統計分布を使うべきか?:対数正規分布がオススメ!
  • 種の感受性分布の推定にはどの統計分布を使うべきか?:対数正規分布がオススメ!

    岩崎 雄一(生態・健康影響評価研究グループ)

    【背景・経緯】
     化学物質の生態リスク評価では、複数の生物種の毒性データをもとに種の感受性分布(Species sensitivity distribution:SSD)を構築し、95%の種が保護できる濃度(HC5)を推定する手法が広く用いられています。SSDの推定には対数正規分布や対数ロジスティック分布がよく用いられますが、利用可能な統計分布は他にも存在し、どの分布を選択すべきかは、課題の1つでした。この課題に対し、複数の統計分布を毒性データに当てはめ、各分布モデルの“良さ”(例えば、予測性)に応じてHC5を重み付けして推定するモデルアベレージングという手法が提案されています。しかし、単一の統計分布を用いる従来方法も含め、どの手法が有効なのかについての検証は十分になされていませんでした。

     

    【成果】
     まず、「SSDにどの分布を選択すべきか」という問いに対して、水生生物を対象とした急性(191物質)及び慢性(31物質)の毒性データを用いて、対数正規分布などの4種類の異なる分布を当てはめ、モデルの予測性の指標(AIC:赤池情報量規準)やHC5の値を比較しました。その結果、対数正規分布が多くの化学物質において最良または同等に良いモデルであり、SSD推定における合理的な第一候補であることが示されました1)。次に、50種以上の生物種の毒性データが得られた35物質を対象に、毒性データの一部をランダムに抽出することで、単一の統計分布(対数正規、対数ロジスティック、Burr III型、ワイブル、ガンマ分布)と、それらの分布を組み合わせたモデルアベレージングによるSSD推定手法のHC5推定精度を比較しました。その結果、一般的によく用いられる対数正規分布や対数ロジスティック分布とモデルアベレージングによるHC5の精度は同程度であることが明らかになりました(図参照)2)

     

    図 単一の統計分布(対数正規、対数ロジスティック、Burr III型、ワイブル、ガンマ)及びモデルアベレージング手法により推定されたHC5とHC5の参照値との差

     

    HC5の参照値は、35物質ごとにすべての毒性データを用いたノンパラメトリックな(最も尤もらしい)推定値。小さい●、は、物質ごとに15種ずつ毒性データをランダムに抽出したデータセットを1000個作成して推定されたHC5と参照値との差(常用対数変換値における差分)の中央値、2.5パーセンタイル値、97.5パーセンタイル値。大きい●、は、それらの値の平均値と標準偏差。例えば、ワイブル分布やガンマ分布の大きなの位置が他の手法に比べてより低いことは、これらの分布ではHC5が過小評価される場合が相対的に多いことを示している。図は、Iwasaki & Yanagihara(2025)2)のFigure 2(CC BY 4.0 ライセンス)を改変。

     

    【成果の意義・今後の展開】
     SSDを推定する際に「どの分布を使うべきか」という迷いにぶつかることは確かです。紹介した結果は、古くからよく使われる対数正規分布が(他の分布や手法に比べて)より良いまたは同等の推定精度を持つことを示すという意味でとても重要な成果だと感じています。これまで急性・慢性のSSD比較3や淡水・海水のSSD比較4も行ってきましたが、今後はより限られた(毒性)データから、どう精度良くSSDに推定するかが、取り組むべき課題の1つと考えています。

     
     

    参考文献

    (1)Yanagihara M, Hiki K, Iwasaki Y (2024) Which distribution to choose for deriving a species sensitivity distribution? Implications from analysis of acute and chronic ecotoxicity data. Ecotoxicology and Environmental Safety 278:116379. http://doi.org/10.1016/j.ecoenv.2024.116379

    (2️)Iwasaki Y, Yanagihara M (2025) Comparison of model-averaging and single-distribution approaches to estimating species sensitivity distributions and hazardous concentrations for 5% of species. Environmental Toxicology and Chemistry 44:834–840. http://doi.org/10.1093/etojnl/vgae060

    (3)Hiki K, Iwasaki Y (2020) Can we reasonably predict chronic species sensitivity distributions from acute species sensitivity distributions? Environ Sci Technol 54:13131–13136. http://doi.org/10.1021/acs.est.0c03108

    (4)Yanagihara M, Hiki K, Iwasaki Y (2022) Can chemical toxicity in saltwater be predicted from toxicity in freshwater? A comprehensive evaluation using species sensitivity distributions. Environ Toxicol Chem 41:2021–2027. http://doi.org/10.1002/etc.5354

    2025年07月15日