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  • 空気感染リスク低減を目的とした観光バスの空調システムへの中効率フィルター導入
  • 空気感染リスク低減を目的とした観光バスの空調システムへの中効率フィルター導入

    篠原 直秀(暴露計測研究グループ)

    • 内藤 航(研究部門付)

    【背景・経緯】
     新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大により、私たちの社会活動が大きく制限されました。我々は、2020年春以降、公共機関や公共建築物など様々な環境で、換気の計測や感染リスク評価を実施し、効果的な対策の検討を進めてきました。観光バス車内では、長時間乗車に伴う飛沫核による空気感染リスクが懸念されますが、窓開けが難しいため、様々な事業者によってオゾン発生器や空気清浄機の導入の検討が試みられてきました。しかし、オゾンは有害性の懸念があり、空気清浄機は風量不足のために十分に車内空気を清浄化できないなど、課題がありました。新車のバスの空調に粒子捕集効率の高いHEPAフィルターを導入することも考えられるものの、その圧力損失の高さから、観光バスの既存の空調システムでの使用は困難でした。

     

    【成果】
     観光バス車内における空気を介した感染リスクを低減するため、3台の観光バスの天井に設置された空調(AC)システムの吸気口に中性能フィルターを装着し、模擬飛沫核に対する相当換気率(AER)と車内における模擬飛沫核の挙動を評価しました。フィルターを装着して、内気循環モードでACシステムを運転した場合、最低風量時で10~15、最高風量時で27~42 /hとなり、感染対策として使用されているものの車内温熱環境や燃費の観点から使用を控えたい換気モードと同等またはそれ以上の飛沫核除去性能が示されました。車内での模擬飛沫核の広がりを計測した結果では、フィルターを装着せずに内気循環モードでACシステムを稼働した場合には、模擬飛沫核が車内に滞留している一方、フィルター装着時には車内への拡散が大幅に抑制されることが確認されました。飛沫核による空気を介した感染リスクは、ACシステムを停止した状態に比べ、換気モードで52~79%、フィルターを装着した内部空気循環モードで25~50%に低減されました。

     

    図 ACシステムがOFFの場合の感染リスクを100%とした時の相対感染リスク
    (上図: 車内の平均相対感染リスク,下図:車内で最大となる地点の相対感染リスク)

     

    後部発生:最後部右側の座席に感染者が着座の条件
    中央発生:中央左側の座席に感染者が着座の場合)
    9:16段階のAC風量設定の風量9(中)
    16:16段階のAC風量設定の風量16(最大)

     

    【成果の意義・今後の展開】
     この成果は、公共交通機関を含む閉鎖空間での感染症対策に役立つ重要な知見です。特に、エネルギー効率が重視される電気自動車など、窓を開けての換気が難しい環境での応用が期待されます。さらに、PM2.5などの微小粒子の低減や、空調機の性能低下を抑える副次的効果も得られるため、感染症流行期に限らず日常的な車内の空気質改善策としても有用です。この結果に基づいて、今後、バス事業者や公共交通機関全体での空調内へのフィルター導入の普及が見込まれます。

     

     

    ※ 本研究は、Building and Environment誌(281巻, 論文番号: 113186,https://doi.org/10.1016/j.buildenv.2025.113186)に掲載されました。

     

    ※ 本研究の一部は、国土交通省の委託事業「公共交通機関における既存車両等への抜本的な感染症対策に係る技術開発・実証業務」により実施しました。

    2025年10月10日